書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

「夏の災厄」篠田節子著

 個人的に、篠田節子さんの代表作だと思っている「夏の災厄」。今日は、この本について書きます。 

  初版は25年前。テーマは「感染症とワクチン」。まるでコロナウィルス騒動を先取りしたような内容です。著者の「時代の先読み力」に、本当に感服します。

 とはいえ、本書はコロナ騒動と完全に一致しているわけではありません。コロナウィルスが自然発生的に産まれたのに対し、この本に出てくる「新型日本脳炎ウィルス」は、行き過ぎたウィルス研究によって偶然生まれてしまう人工ウィルスです。

 また、世界的に流行するのではなく、日本の昭川市という、東京郊外の小さな町で単発的に発生します。

 その2点が大きく違うところですが、治療法がないという点や、ワクチンしか防ぐ手段がないという点、また感染者出現当初は、この疾患が何なのか誰にも分からなかったという点、行政の的外れな対策等々、コロナとの共通点も多いです。

 

 では、内容を少しご紹介します。

 昭川市に突然出現した新型日本脳炎は、あっと間に感染者を増やしていきます。

 本来、日本脳炎は、ワクチン接種が進んだおかげで、ほぼ日本からは消えた感染症です。なのに、ある季節外れに暑い春の日に、いきなり発症者が現れたのです。症状は明らかにに日本脳炎でしたが、異なる点も多々ありました。従来の日本脳炎は、感染しても発症する人は1%以下なのに対し、この新型日本脳炎は、感染したら100%発症し、3割が死亡、残りの7割にも脳に重症な障害が残るのです。また、従来型とは異なり、蚊を媒介として直接人から人へ感染する、まさに「新型」なのでした。

 今、「新型日本脳炎」と書きましたが、発症者が出た当初は、これが何の病気なのか、感染症なのかすら、分かりませんでした。とにかく、人がバタバタ死んでいく。治療法がない。なんとか命を取り留めても、重度の後遺症が残り、介護を受けないと暮らせない障害者となる。大人も子供も、どんどん感染していきます。

 何が原因なのだ? 違法ゴミ捨て場の窪地近辺で発症者が多い、という事が分かると、その地区周辺が陸の孤島になります。誰もそこに近づかない。そこに住んでいる住民は差別を受け、家から一歩も出られない。窪地だけを封じ込めれば、感染は封じ込める、と市民は一瞬思う。

 でも、感染はすぐに昭川市中心部にまで、一気に広がります。このへんで、蚊が媒介している事が分かってきます。役所は、蚊が出そうな林や緑地を一斉に枯らし、溜池や水の溜まっていそうな場所から水を抜きます。それでも、蚊はどこからともなく湧いて、家から出た瞬間の市民を刺し、感染症を広げます。

 昭川市の保健センターの、平職員と、夜間救急センターの看護師、市内の異端開業医の3人が、新型日本脳炎撲滅に向けて、東奔西走します。

 原因は、少しづつ分かっていきます。ですが、治療法はなく、唯一の防御策が、ワクチン接種しかない事が判明します。

 このあたりで、この感染症は少しづつ昭川市から出て、東京に広まり始めます。一気に、日本脳炎ワクチンの取り合いが始まります。

 

 ここがこの本のアイロニックなところなのですが、この小説が最初に単行本として出版された当時、ワクチン接種は否定派が勢いのある時代でした。特に、自称「目覚めている人」ほど、「ワクチンは害」と言い、インフルエンザの予防接種も受けず、子供にも指定ワクチンを受けさせない母親が増えていました。

 この本は、そういう時代背景のもとに、書かれたのです。

 著者は、「ワクチンは害」という概念が一般化されつつある時代へ、この「新型日本脳炎によるパンデミック」をぶつけたのです。

 

 さて。再び、内容に戻ります。

 この新型日本脳炎は、感染すれば100%発症し、死亡率が高く、死ななくても重度の障害者になります。防ぐ方法はワクチンしかない。

 それで、日本脳炎ワクチンの取り合いが、周辺自治体で勃発します。ワクチンの副作用がどうのこうの、言ってはいられないわけです。

 昭川市でも、何とか市民の四分の一ぐらいの量は確保できたものの、全市民に打てる量ではなく、保健センターの職員はワクチン確保に走り周ります。

 その時、恐ろしい事実が判明します。今ある日本脳炎ワクチンは、従来型ウィルスを対象としたものであり、新型日本脳炎には効かない、と分かったのです。

 蚊の大発生する夏は、もう目の前です。

 どうする? 昭川市保健センター! 看護師! 異端医師!

 この先は、本書をお読み頂くしかありません。本当に面白い本なので、ぜひどうぞ。

 私は雑なご紹介をしましたが、この本には他にも、行政や病院の闇が掘り下げて書かれていて、そこだけでも一読の価値ありです。また、発生源は東南アジアだと分かってからは、小説の舞台は、昭川市を出て東南アジアに広がります。面白くて、これまた分厚い本ですが、一気読み間違いないと思います。