書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

障害名=言い訳?(追記あり)

 先ほど、う~んと唸ってしまうようなブログを拝読しましたので、今日はその事について書きたいと思います。

 不登校のお子様をお持ちのお母さんが書かれているブログです。

 お子様は、現在中3で、中2の途中から不登校が始まったそうです。この4月からは、通信制高校に進学する予定とのこと。

 不登校の理由は未だ判明しておらず、いじめもなかったし、成績が悪いわけでもない。どちらかというと社交的で、不登校の今でも電話やLINEする友達はいる(学校の友達ではなく趣味の場で出会った友達)。強いて言えば、学校では周囲の人達のことが気になってしんどくなる、との事。

 この1年半の生活は、YouTube・ゲーム・テレビ・昼寝・ネイル・趣味の友達との電話やLINE、で構成され、勉強は一切していない。昼夜は逆転していないし、美容院やネイルや趣味には喜んで出かけている。要するに、楽しい事はやれるけれども、楽しくない事はやれない、という感じだそう。

 ブログ主であるお母さんは、「今は子供にやりたいように暮らさせる時、そうやって子供を休ませてあげる時」と割り切り、何も口出ししないよう気をつけておられる。

 ただ、お母さんは、お子さんの心の中がよく分からない、という不安も同時にお持ちで、春から通信制とはいえ高校に通うのに、大丈夫かと心配でもあるようでした。

 

 私が「う~ん」と唸ったのは、そのブログに、こんな事が書かれていたからでした。

 不登校期間が1年を過ぎた頃、お母さんが、お子さんに、「病院に行ってみないか」と聞いてみたそうです。もしかしたら、何らかの精神疾患発達障害があるのかもしれない、今後の進路の参考になることが聞けるかもしれないから、と。

 するとお子さんはこう答えたそうです。

 「不登校って病気や障害なのかな? もし病気や障害だと分かったとしたら、それを言い訳に生きて行けるのかな?」

 これをお子さんは、笑いながら言ったそうです。そんなダサい事、私はしたくない、という雰囲気を言外に感じました。

 お母さんは、ドキッとした、と書いてありました。何かしらの診断名がつけば、それが不登校の理由に出来るかも、と内心思っていたからだそうです(でも、それの何が問題なのか、私には分かりませんが。なぜドキッとされたのか。。むしろ、病院に行くのは、不登校の理由を知る為ですよね)。

 お母さんは、お子さんに対し、「専門家と話すと、気持ちが楽になったり、今後の方向性が見えてきたりするかもと思って」と答えたそうです。

 お子さんは、その答えにも笑って、お母さんの書かれた表現によると「この会話はにこやかに終わった」そうです。そしてそれ以降、病院に行くという件については、親子で一切会話がないそうです。

 このお母さんは、記事に「障害を言い訳にしているという表現は不適切だと分かっているが、子供との会話をありのままに書きたかったので書かせてもらった。自分としては、障害を持っている人が苦労されているのも分かっているし、障害を言い訳にしているわけではない事も分かっている」と書いておられました。

 

 うん、、。ではそのように、お子さんに説明すれば良いのではないか?と私は感じたんですよね。

 記事から感じ取れたのは、お子さんは障害や病気であるはずがないし、万が一障害や病気であったとしても、それを理由に社会に対して「特別扱いを求めていく事」は、笑っちゃうほどダサい事、という感覚を、お二人がお持ちだ、という事です。あくまで、記事を読んで私が受けた印象ですが。

 だから、この本来真剣に話し合わねばならない内容の会話を、「笑って」「にこやかに」話し、しっかり結論も出ないまま、なんとなく終わってしまったのだと思います。

 

 確かに、たとえ何らかの障害や病気を持っていたとしても、誰の助けも得ず、自力で生きていくという事は、潔いかっこいい事に見えると思います。でも、人生そんなに甘くない。

 そもそもこのお子さん自体が、今現在、必死で頑張っているというわけではない。でも、世の中には、障害や疾患を持ちながら、死に物狂いで必死で生きている人もいるのです。そういう人に対して、診断名を言い訳にしてダサい、と上から言うのは、どうなんだろう。

 利用できるものは何でも利用し、得られる助けは何でも得て、地を這いつくばってでも生き抜くと決めねば、生きられない人もいるんです。。

 このお子さんもお母さんも、まだ地獄を見ておられないのだと感じました。

 本当は、地獄を見る前に、まだまだ余裕のあるうちに、使える手は全て使ってでも這い上がる戦略を練るべきだと私は思います。それが、「障害名を言い訳に利用する事」であったとしても、上等じゃないでしょうか。

 「病気や障害を言い訳に利用したくない」と涼しい顔でかっこいい事を言っていられるのは、申し訳ないけれど、今のうちだけです。今はまだ、中学生。義務教育。不登校であってもまだまだ社会的には守られている立場です。

 これが、18歳で成人したら(あと3年後ですね)、一気に現実が押し寄せてきます。その時にも「障害を言い訳にしたくない」と澄ましていられるでしょうか。

 ちょっと意地悪なことを書いてしまいました。

 でも、病院に行っても何の診断名をつかない場合もあるし、診断名がついたところで、軽度かグレーか一過性の症状であると言われて、なんら「支援の対象」にはならない可能性もあります。

 病院に行けばなんとかなる、というような、甘い世界ではありません。

 でも、病院に行かなければ、何も始まらないとも思います。

 ああ、これも意地悪な意見かなあ。。。

 ちょっと時間がないので、中途半端ですが、ここで終わります。ではでは。

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(ここから追記です)

 時間出来ましたので、追記していきます。

 件のブログ記事に、いくつかコメントがあり、やんわりとお子さんの来院を勧めるコメントも入っていたのですが、ブログ主(お母さん)のお返事は、こんな感じでした。

「病院に行くメリットも分かるが、今はそのタイミングではないと思う。いつかタイミングが来れば、行っても良いと思っている」

 う~ん。今は病院に行くべきタイミングではない、と判断した理由は、何なんだろう? お子さんがまともに取り合わないからでしょうか(笑って終わり、みたいな)。このお母さんが、来院を先延ばしにする理由が分かりません。

 私は、病院に行くメリットは沢山あっても、デメリットは1つもないと思うので、今すぐ行けばいいと思うのですが。。。というか、もし発達障害であるならば、もっともっと早くに行くべきだったとすら思うのですが。本来なら、幼児期に来院し、療育や必要な配慮をしつつ育てるべきだったはずです。

 幼児期に見過ごしてしまったのなら、次に気付けるのは不登校になった時点で、つまり1年半前の時点で、来院すべきでした。そうすれば、お子さんが不登校になった理由や、お子さんへの正しい接し方、今後の方針が見えて来たはずです。

 ブログ記事によれば、唯一考えられる不登校の理由として「学校では周囲が気になって辛い」という事なので、おそらく過敏さを特性に持っておられるのでしょう。過敏さは、薬でやわらげる事が可能だし、その手の薬には常習性はないので安全です。薬で過敏さをやわらげる事ができたら、不登校にならずにすんだかもしれません。

 頭のいい私立中学におられたそうなので、そのまま内部進学し、ご自身の能力を開花させるべき進路に、進めたかもしれません。もし、1年半前に病院に行っていれば。

 でも、今のタイミングでも決して遅くはありません。4月からの高校生活を、本人がより過ごしやすくする為、医療の力を借りるというのは、私はアリだと思います。

 勿論、発達障害精神疾患ではない可能性もありますが、それらではない、と分かる事もまた、本人を正しく知る事に繋がるので、メリットしかないと思います。

 なぜ、来院しないのか、先延ばしするのか、私には全く理由が分かりません。

 

 このお子さんは、趣味(ジャニーズ)で知り合った友人が沢山おられるそうで、夜な夜なその友人達と長電話をしているそうです。彼等は学校の友人ではないそうで、彼等には、不登校である事は伏せているそうです。彼等とは、コンサートに一緒に行ったり、ランチしたり、遊びに行ったりしているとか。

 社交的なお子さんなのです。美容院やネイルサロンに行くのも大好きとか。

 日本が豊かだった30~40年前なら、こういうお子さんも個性として許容され、なんらかの生きる手段を得る事は、可能だったように思います。でも、不景気になって30年。今やどん底といってもよい状態の日本で、大丈夫なのか。赤の他人の私が心配する事ではありませんが。

 

 どういう生き方が正解なのか、私には分かりません。答えはありません。

 やっぱりうまくまとまりませんでした。

 長々と書いたわりには、ちゃんと結論が出ずすみません。いろんな考え方、いろんな生き方、いろんな人生があるなあ、ということで、終わらせて頂きます。ではまた~