書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

我が子を顔出しでSNSに載せる行為について。

 お盆休み真っ只中ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 私は相も変わらず、引きこもり中でございます。暑いのもありますが、街中に住んでいるせいか、家から一歩外に出ると、物凄い人混みなんですよね。

 普段の平日は、ちょうどいいぐらいの人混みなんですが、GW・お盆休み・冬休みの三大長期休暇中は、ちょっと敬遠したくなります。

 それでも様々な野暮用は発生するので、ちょこちょこ外出はしているのですが、昨日はとても悲しい光景を目にしてしまいました。

 小学校低学年くらいの女の子が、ほぼ奇声と言ってよいほどの大声で泣いていて、大袈裟ではなく500メートルぐらい先から、その声が聞こえていたのです。

 最初、声が聞こえてきた時は、「どうしたんだろう?」ぐらいに思っていたのですが、だんだん近づいていって、「ああ、これは発達障害児さんだなあ」と気が付きました。

 女の子は、「○△◇+*ΔΔ§§・・・・」といった感じで、聞いていても何を言っているのか分からないのですが、ただ、全く同じ事を、繰り返し繰り返し、言っているのは分かりました。また、何かをして欲しいと、訴えている口調である事も、分かりました。

 そばには、ご両親らしき方々がおられ、お母さん(らしき方)が、お嬢さんを抱き上げたり下ろしたりを繰り返していました。でも、お嬢さんは、抱かれても、下ろされても、全く泣き止む事なく、全く同じ大音量の奇声で「「○△◇+*ΔΔ§§・・・・」と訴え続けていました。

 横にはお父さん(らしき方)もおられ、この方は、お嬢さんに執拗にスマホを向けていました。よく見たら、お嬢さんをスマホの動画で撮影しているようでした。

 お嬢さんは、お父さんに対しても、「○△◇+*ΔΔ§§・・・・」と訴え続けていましたが、お父さんはそれに応える事はなく、ただ無言でずっとお嬢さんを撮影し続けていました。

 なんだか胸が塞がれる思いがしました。

 

 最近、YouTubeで、発達障害児である我が子を撮影し、アップしておられる方が増えたように思います。私は発達障害をテーマの1つとしてブログを書いているせいか、アリゴリズムでYouTubeにも発達障害関連のものが上がってきます。

 お子さんの顏を隠してアップしておられる方は少なく、皆さん、お子さんをそのまま撮影してYouTubeにされています。自閉症の○○君、とか、発達障害の○○ちゃん、等といったタイトルで、我が子の育てにくさ、奇声、こだわりからくる癇癪、面倒くささ、異様さを、これでもかというほど、アップされています。

 お子さんは、障害名を公表した上で、自分の普段の暮らしが、親によってYouTubeにアップされる事に、同意しているのだろうか。

 同意どころか、理解もしていないと思います。

 こういう事は、人権侵害にあたるのではないかと、私はとても辛い思いがしています。

 

 親御さんは、「発達障害児の現状を世間に知らせる為」とか「発達障害児を育てている人への情報提供」といった、もっともらしい目的を掲げておられますが、世間とか他の親御さんとかの事を考える前に、まず自分の子供の幸せを優先すべきではないでしょうか。

 

 自分の子供が、顔出しで障害名を、全世界に公表されて、つらくないとどうして思えるのか、私には分かりません。

 再生数を稼ぐ為か、そういう動画は、より過激に作られていて、お子さんの癇癪の様子や、泣きわめく様子を、これでもかというほどしつこく撮影しています。

 泣いている我が子に寄り添うのではなく、スマホのカメラを向けるという行為。

 子供を愛している親の、する事なのか、と疑問に思っていました。

 

 先日、泣いているお嬢さんにスマホを向け続けていたお父さんを、直に目の当たりにして、「ああ、こうやって撮影しているんだな」と分かりました。

 その光景は、とても異様で、うすら寒いものでした。

 

 発達障害に限らないし、YouTubeに限りませんが、SNSに我が子を顔出しで載せる行為は、人権侵害にあたらないのか、いつも疑問に思います。赤ちゃんはいいですが(成長に伴い顏が変わるので)、幼児以上のお子さんの顔出しについては、慎重にして欲しいと願います。

 ああ、また、いつもの私の悪癖、他人批判が始まってしまいました。。。

 今日はこのへんで終わります。心の中のつぶやきでした。

 皆様は、どうぞ良い一日をお過ごしください。

 

これはどこかというと、奈良の源九郎稲荷神社です。お祖母ちゃん家のお庭のような可愛らしい境内で、いつもお花がきれいです。