書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

フレキシビリティーの素晴らしさ

 今日から、息子の大学で、ネット経由の遠隔授業が始まりました。この授業には2パターンあり、一つは教授による動画配信を観るというもの。もう一つは、教授・学生双方が参加するもの。1年生は前者の講義のみとの事なので、要領としては簡単で助かりました。

 ネットを開くと、息子が受講登録した講義の画面が並び、講義名をクリックすると、第一時間目の授業の動画が流れる、という仕組み。勿論音声も流れますし、音声を文字にして見る事も可能。質問を送る事も、課題を解答して送る事も可能。動画なので、分からなかった所は何度も繰り返し見る事も可能。いやいや素晴らしい。

 私も一緒に見ていたのですが、講義内容が面白くて引き込まれました。楽しい~!やっぱり大学の授業は面白いです。高校までの味気ない授業とは全然違う。

 こういう動画を作成する事は、教授の皆様にとっても初めての事だろうに、本当に分かりやすく機能的に授業が進み、感心しました。対面授業ができないなら出来ないで、出来る方法で、最大限質の高い講義を作る、という教授の皆様の心意気を感じました。短時間でよくぞここまで。

 有難い。そして、そのフレキシビリティーの素晴らしさに感動です。なんかもう、何十年もこういう遠隔授業を行って来たかのような完成度の高さ。これなら、半年この形式で学ぶことも、学生にとってさほど苦ではないと思います。むしろ、繰り返し見れるという点では、益も多いと感じました。

 ただ、どうしても登校して行わねばならない授業もあり、それは後期に後回しになるようです。コロナが収まったら、登校できるのですが、なかなか難しいだろうから、と。

 遠隔授業開始に先立って、大学からは、沢山のメールや郵送物が届きました。どれも、要領を得た的確なものであったと同時に、生徒の心に寄り添う言葉がいくつも書かれていました。登校できない生徒の無念さ残念さに寄り添い、不安に寄り添い、一緒に頑張りましょうと励ましてくれました。本当に有難い。

 「相手の心に寄り添う」なんて行為は、陳腐で、個人的にはあまりしたくない行為の一つだったのですが、今回初めてこの行動の意味を、実感として感じました。心に寄り添う言葉のほんの一言が、受け取り手をこんなに元気づけるものなんですね。これからは私も、できるだけ人の心に寄り添える行動をしていこうと思います。わざとらしい、とか、今更、とか言わずに。この年齢になって、こんなことに気付くなんて、今までどんだけ傲慢に生きてきたのかと、深く反省します。

 ではでは、今日はこんな感じで、まずまずなスタートだった事のご報告でした。

 皆様もお元気で。

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