書くしかできない

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「鍵のない夢を見る」辻村深月著

  読書記録です。

鍵のない夢を見る (文春文庫)

鍵のない夢を見る (文春文庫)

 

  直木賞を獲ったこの本。何故か読んでいなかったので、先日、読んでみました。

 読んでいなかった理由は、最近はもう、若い作家さんの小説を、読んでもピンとこない事が多いからです。私の感性が古くなったというか、鈍くなったというか、とにかく老けた証拠だろうと思うのですが。辻村深月さんの本は、以前に「かがみの孤城」を読んで、とても面白かったのですが、100%共感はできなかったのです。以前に記事にも書いたかな。

 なので、この本も、少し「重い腰をあげる」感じで、読みました(偉そうですみません)。

 小説のスタイルは、いわゆる「身辺の原寸大の現代小説」。一時の、角田光代さんとか桐野夏代さんとか、あのへんを彷彿としました。もしこの方が、私と同年代なら、好きなタイプの作家さんだなあと思いました。

 ただ、いかんせん、若い。1980年生まれです。感性も時代も、私よりずっと若いんですよねえ。読んでいると、筋書きの先が分かってしまったり、登場人物に共感しづらかったり、表現が大げさだなあと感じたり、。でも、直木賞ですから、こういうものを、世間は求めているんだなあと思います。私がもう、すっかりスレてしまったんだろう。

 とはいえ。面白いか、面白くないかと聞かれたら、間違いなく面白いと思います。この人の持つ哲学が、読ませるんですよね。独特の老成した哲学を、この作家さんは持っていると感じました。私は、筋書きよりも、そこがとても面白かったです。

 

 この本は、5つの短編小説から出来ています。1つ1つの短編小説に、繋がりはなく、完全に独立したお話が5つ。基本、女性が主人公で、恋愛、学生生活、仕事、夫婦、子供、このあたりがテーマになっています。

 この本の出版は2015年ですから、コロナ以前の世界ですね。

 5つの短編の中で、私が一番面白いと思ったのは「芹葉大学の夢と殺人」です。医者になる、という夢を持つ男の、恋人が主人公です。男が医者になれる器ではないのは、読んでいるうちに読者には分かります。それでも、「夢をもって頑張る事は正しい」というよくある定義で生きる男を、主人公は否定する事ができません。だって、男の言う事は、正しいっちゃあ正しいから。夢に向かって頑張る事は、素晴らしい事だから。

 途中で、こういう表現が出て来ます。

彼の正しさは、あくまで彼の狭い常識と経験の中でだけ機能する正しさに過ぎなかった

 なんか、ふと自分を省みて、私の信じる正しさも、この男のもののように、「狭い常識と経験の中だけで機能する正しさ」なのではないか?と思い、ドキッとしました。

 主人公は、男を救う事ができるのか。殺人やなんかの余計な(と私には思える)エピソードは出てくるものの、読者の知りたいポイントは、そこではなく、「彼女は彼を救えるのか」この一点だと思います。彼はちゃんと自分の間違いに気づき、進む道を軌道修正できるのか。

 最後まで読んで、この結末に納得できる読者が、どれだけいるかなあ。

 ちなみに、主人公の女性は、男性よりも年上で、しっかりしていて、現実的です。男性は外見がとても美しく、女性はそれだけで男性と付き合い続けたのです。私も、大昔、こういう恋愛をした事があるので、これが成立するのは理解できます。でも、私は、最終的には、その彼と別れたし、別れた後は思い出す事もなかったので、この小説のラストには、ちょっと共感できなかったかなあ。

 男の顏の良さと、付き合いの長さ(年月)の重みだけで、現実的な女性が、こうなるかなあ。。。

 

 他の4つの短編も、う~んと唸らせる哲学があちこちにあるし、筋書き自体は自分の経験の中のどこかにひっかかる既視感を覚えるのですが、やはり100%共感できる、ということはなかったです。私にとって、辻村深月さんの小説は、そういう位置づけだなあと思います。