書くしかできない

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「ハリー・オーガスト、15回目の人生」クレア・ノース著

 こんな風に願った事はないでしょうか。

「死んで、次に新しく生まれ変わった時も、今のこの人生の記憶を、全て持っていけたらいいのに」と。私はあります。今の人生の経験値を全て持ったままで、新しくイチから生まれ直せたら、どんなに生きやすい事だろう、と。

 この小説では、そういう世界が書かれています。 

ハリー・オーガスト、15回目の人生 (角川文庫)

ハリー・オーガスト、15回目の人生 (角川文庫)

 

  ですが、これは、一風変わった生まれ変わり小説なのです。普通の生まれ変わりとは違い、主人公のハリー・オーガストは、死んだ後、また同じ人生に生まれ直すのです。

 つまり、こういう事。1919年に生まれたハリー・オーガストは、死んだ後、全ての記憶を持ったまま、また1919年に生まれ直すのです。オルゴールのように、またふり出しに戻るのです。誕生時と同じ状況で、同じ場所で、同じ時間に、同じ親から、同じ自分として生まれ直す。ただ、それまでの全ての記憶を残したまま。主人公ハリー・オーガストは、そういう生まれ変わりの体質を持っているのです。

 同じ状況で生まれるけれども、送る人生は変えていけます。全ての記憶が蘇るのは大抵6歳頃で、つまり6歳にして、何百歳分の経験値を持っている事になるわけで、そのアドバンテージは計り知れません。その時代に、これから何が起こるのか、全て知っているわけです。1919年から2000年頃まで(生まれて死ぬまで)の間の世界の動きの全てを、ハリーは熟知しているのです。生後6歳にして。

 だから、当然、ハリーは成功します。ハリーの人生は毎回成功です。 

 ハリーのような体質を持った人達は、多くはないけれど、世界中に存在し、相互に協力しあって自分達の秘密を守りながら、半永久的に続く「人生」を繰り返し送っています。そういう絆を利用して、自分が死んだ後の未来の世界の状況も、ハリーは知っていきます。

 順風満帆の人生、と言えるでしょう。繰り返す事の退屈さを省けば。

 ですが、この小説で問題提起されているのは、そこではありません。何度目かの人生で死のうとしているハリーの所に、小さい少女がやってきて、「世界が終りかけているから、過去を変えてくれ」という伝言を伝えるのです。

  「生まれ変わる」体質を持つ科学者の一人が、記憶の蓄積を利用し、科学技術の進化を加速させていたのです。まだ生まれるべきではない技術が、早すぎる時期に発表され、世界はどんどんバランスを欠いていきます。ハリーも、その科学者に利用され、自分の体質と真実、正義との間で、もがき苦しみます。

 とても興味深い小説で、夢中で読みましたが、身体的に痛めつけるたぐいの残酷な描写が、かなり多かったのが残念でした。そういう部分は飛ばして読んだのですが、できれば全部きちんと通して読みたかったなあと思います。海外の作家さんで、時に、残酷な描写を多用する方がおられますが、好みの問題でしょうけれど、どうしてもなじめません。

 そこを省けば面白い小説でした。読んだ後、「もう一度同じ人生を送るとしたら」と考えたりしました。

 もう一度若い頃に戻る事はできませんが、今日、今からが新しい人生だと考え、生き直すのもいいかも、と思いました。今までの全ての経験値と記憶を持ったままで、新しく生き直す事は、今から始める事もできるなあと。

 ただ、私は残酷な描写は飛ばして読んだので、読後感は悪くなかったのですが、全てきっちり読まれると、読後は暗い気分になられるかもしれません。