書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

面倒臭さと有難さは表裏一体

 私は専業主婦なので、毎日家中の水場を掃除します。トイレ、洗面上、お風呂、キッチン。水場は家族が毎日使い、かつ汚れを落とす場所なので、基本的に「汚れる場所」ですし、また、水は湿気と繋がっていて汚れの原因にもなります。

 というわけで、毎日掃除するわけですが、これが中々に面倒です。先日も、お風呂の天井にカビが発生していて難儀した、と書きました。

 でも一方で、世界の約半数の家庭が、家の中にこういった水場を持たないそうです。アフリカあたりになると、8割9割の家庭に水場がない。トイレもお風呂も、家の外。炊事洗濯も家の外。家の中では、手ひとつ洗う事ができない。

 家の中に水場がない家では、当然、毎日の家事ルーティンに、「水場掃除」は存在しません。でもだからって、ラクでいいな、とはなりません。水場がない家は単純に不便だし、何より衛生的に不安です。

 その存在は、面倒ではあるけれど、有難い事でもある、そういうものが「家の中の水場」なんだろうと思います。

 そして、またふと思ったのですが、「子供」もそうだなあと。

 子供がいる事は、面倒ではあるけれど、有難いことでもあるなあ、と。

 面倒臭さと、有難さは、表裏一体なのかもしれません。

 

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↑久しぶりに見たオレンジの蝶々。石の上で、あたたかそうに日向ぼっこしていました。