書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

謝って欲しい理由

 今日はとても短いですが、書いておきたいので書きます。

 「謝って欲しいのは、謝ってもらう事で自分がスッキリしたいからだ」という意見を聞き、私はそうではないな、と思いました。

 私が誰かに謝って欲しい時というのは、「もう同じ事は二度としない」と確約してもらいたいからです。

 私の中で、謝る=反省し改善する、なのです。

 つまり、謝らない=改善する意思がない、という事になります。

 誰かに不本意な事をされて、とても嫌な思いをした時、「もう二度と同じ事はしない」と言ってもらえれば安心できますが、「また同じ事をするよ」と言われたら不快だし、その人とは距離を置こうと思います。

 謝らない、という事は、私の中では、「また同じことをするよ」と言っているのと同義なので、その人とは距離を置くしかなくなります。だから、できれば謝って欲しい。

 勿論、口先だけでペラペラ謝っても改善の意思のない人もいます。そういう人の謝罪というのは、聞いていれば分かります。また、何度も同じ謝罪を繰り返していれば、謝るけれども改善の意思のない人なのだ、と分かります。

 でも、多くの場合、謝れる人は、改善の意思のある人ですし、絶対に謝らない人というのは、改善の意思のない人です。勿論、そうではない人もいます。例外はどこにでもあります。 

 だから最初に書いたよように、私は、自分がスッキリしたいが為に、人から謝って欲しいとは思いません。改善もしてくれないのに、口先だけ謝ってもらっても意味がないからです。

 ここをはき違えて、「自分がスッキリしたい為に人に謝ってもらいたいのだから、、、」と、これを前提に話しを進められると、「いや、違うんだけど、、、」と思ってしまいます。

 自分の気持ちの上でのスッキリ感なんて、どうでもいいのです。謝らせる事で、相手にマウントを取りたい、優越感に浸りたい、とか、そういう事では全くありません。

 私は超現実主義者なので、気持ちなんかどうでもよくて、「改善してくれるのか、してくれないのか」大事なのは、そこだけなのです。

 今日は個人的な思いを書いてみました。まあ、いつも個人的な思いを書いてはいるのですが、、。ではでは。

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