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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

「ヘミングウェイの妻」ポーラ・マクレイン

 ヘミングウェイを偏愛しております。

 彼は4回結婚していて、様々な記録が残っています。これはポーラ・マクレインさんと言う作家さんが、その記録を素に、最初の奥さんのハドリーさんの一人称語りという体裁で書いた小説です。ヘミングウェイは、4回目の結婚をしていた時、61歳で自殺しました。その特殊な神経の片鱗は、ハドリーさんとの最初の結婚の頃から、垣間見えていた事が、この本を読むと分かります。

 余談ですが、この本は最初のページから、どこかで読んだ事があるなあと感じていたのですが、村上龍さんの書かれる恋愛小説の匂いと同じなのです。村上龍さんの主人公はいつも、村上さんのようなタイプの男です。極端に行動的で、直球で、好き嫌いが激しく、嘘がなく、やり過ぎる為に時に滑稽で、それは剽軽とも言える程で、情緒的には繊細で、男気がある。そしてまあ、これは蛇足ですけど、夜が強い。そして、ヘミングウェイもまた、村上さんタイプの男。この小説は、ヘミングウェイが主人公なので、当然、村上さんの小説を彷彿とするのだと思います。

 それにしても、ヘミングウェイは魅力的。とても長い小説だけど、どのエピソードも、ああこれ知ってる、分かる、と感じられるものばかり。特殊なことのようで、その底辺に、普遍的なことが書かれているからだと思う。

 例えば、ヘミングウェイとハドリーが酷い喧嘩をした後。喧嘩の原因は、客観的に見て、明らかにハドリーが悪い。怒ったヘミングウェイは家を出て、かなり時間がたってから帰って来る。そしてすでに寝ているハドリーの枕もとで、「ハドリー。仲直りしようや。ふわふわ猫ちゃん」と首筋を撫でる。それだけの場面なのに、懐かしさで胸が痛くなる。私はこの男を知ってるなあと思う。

 とても印象的なエピソードがあって。ヘミングウェイが2年間かかって、書き溜めた小説を(当時は当然、手書きの紙記録のみ)、間違って、ハドリーが全て紛失してしまったのです。2年間分、全てです。バックアップなんかないんです。手書きの時代なんですから。原本を紛失したら、それでおしまい。これから、その小説を持って、出版社に売り込みに行こうとしていた矢先でした。ヘミングウェイは、でも、ハドリーを責めません。「俺が書いたんだから、また、俺が書けるだろうよ」と言う。「怒ったって、なくなったものが出てくることはない」と。男気だなあと思った。

 ヘミングウェイとハドリーは、ヘミングウェイが売れる前に結婚しました。ヘミングウェイが21歳の時です。その後、20代後半でブレイクしたヘミングウェイは、ハドリーと離婚し、別の女の人と結婚。また離婚、また結婚・・・と繰り返すわけですが、苦しんだのは彼のほうで、ハドリーは後に、幸せな結婚をし、長生きをします。人間的には、ハドリーのほうが、はるかに優秀で、賢いのです。でも、私は、ヘミングウェイが、好きです。結婚と離婚を繰り返してしまうのも、理解できる。彼が不安定なのは、いつも真実を求めてしまうからだと思うからです。「1つの真実などというものは存在しない。すべてが真実なのだから」という彼の言葉に共感します。