書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

発達障害の増加

 発達障害をめぐる状況は、刻々と変化しているように思います。

 息子は今20歳ですが、息子が生まれた頃は、発達障害という言葉は一般的ではありませんでした。子供の発達障害を診れる医師も少なく、当時私が調べた限りでは、専門医はこの国に7人しかいませんでした。発達障害という言葉に対する差別意識も強く、発達障害児=知的障害+精神障害(つまり馬鹿かキチ〇イ)という認識がされていた時代でした。

 私は息子が2歳の時障害を疑い、病院に予約を入れましたが、初診が入ったのは一年後でした。同時に予約を入れた児童相談所の初診は三か月後に入ったので、児相で先に診断を受け、その後、たまたま病院のほうでキャンセルが出たので半年後に病院でも診断を受けました。その後、療育を始めましたが、当時、発達障害児の療育の場は本当に少なく、取り合い状況。また今のように、幼稚園や学校の終わった放課後や土日、夏休み等の長期休暇中に療育をしてくれる所はなく、平日の午前中が主で、幼稚園は休ませて通うしかありません。勿論、今のような放課後デイサービスも、当時はありませんでした。

 息子が発達障害児である事を義実家に知らせると、「こちらの血筋に障害の血はない。あなたのほうの血筋だろう」と言われ「もうこちらには遊びに来ないでくれ」と言われました。それぐらい、激しく差別される対象だったのです。

 

 20年後の今はというと、発達障害という言葉は市民権を得、さほど馬鹿ばかりではない、精神障害とはまた違う、という受け取り方をされるケースも増えて来ました。

 国の支援も増え、診断を受けられる病院も増え、療育も増えました。また、前述したように、10年ほど前からは放課後デイサービスが始まり、放課後や土日、長期休暇中の発達障害児の居場所が出来ました。以前は100%母親が一人でみていたところを、他人に預けられる事になったわけで、これは凄いことだと思います。

 ただ、子供自身は幸せかというと、また難しい問題ではありますが。。発達障害児は、誰か親身になってくれる人にマンツーマンで相手をしてもらう事を望みますし、感覚過敏の特性を持つ子も多く、人の中で過ごす事にとても疲弊する特性を持つ子も多いので、一日中一年中、朝から晩まで他人の中で過ごす事は、発達障害児自身にはストレスが大きいだろうと感じます。

 ですが、母親にとっては、放課後デイサービスは朗報以外の何物でもないと思いますね。

 

 となると、発達障害児を巡るもの事は、最近は良くなってきているのだと思いがちですが、実は、そうでもない、という記事を読みました。

発達障害の増加で「児童精神科の待機問題」が深刻 通常学級の11人に1人、特別支援学級の子も倍増(東洋経済education×ICT) - Yahoo!ニュース

 つまり、発達障害児が増えているというニュースです。

 

 以前は、これも前述したように、発達障害児に対する差別意識が強かった為、子に障害を疑われても頑として診断を受けさせない親が、驚くほど多かったのですが、最近は、差別意識がなくなってきた為、診断を受けるハードルが下がったんだと思います。20年前は病院が少ない為に初診予約がなかなか入らなかったわけですが、今は病院は増えたのに、それ以上に診断を望む親が増えた為、初診予約が入りづらい状態になっているわけです。

 また同じ考え方から、支援級や支援学校に対する差別意識も減り、ハードルが下がった為に、支援級や支援学校を選択する親が増えてきたのだと思います。支援学校も、最近急に生徒数が増えて、大変になったと聞きます。無理して大人数の普通級で過ごさせるより、少人数で子供のペースに合わせて教育してくれる支援級や支援学校のほうが、結果的に子供の為になる、と冷静に判断できる親が、増えたのだと思います。

 また、就職に関しても、障害者枠で就職する、と割り切れば、普通の高校や大学を出るより、支援学校を出たほうが、はるかに就職しやすいです。大企業の障害者の正社員枠は、100%支援学校卒の子供で占められます。支援学校で成績優秀な子は、障害者枠とはいえ、大企業で安定した正社員として職を得る事が出来るのです。

 であれば、発達障害児は、普通の小学校に入れるより、支援学校に入れたほうが得だという判断を、親がするようになったのだと思います。

 こういう判断をする親は、20年前にはあまりいませんでしたが、今は確実に増えています。だからこそ、支援学校が定員オーバーで今大変になっているのだと思います。

 

 ですが、上の記事を読み、発達障害児が増えた事により、発達障害児を巡る世界は、良い方向に行っているわけではない、と私は感じました。

 結局のところ、こんなに沢山の人が発達障害なら、発達障害者を「障害者」と呼んで特別扱いする必要はないのでは? という意見がチラホラ出てきているからです。

 上の記事のコメント欄の最初のほうに、こんなコメントがありました。

3人に1人ならもう障害と言ってる場合なんだろうか? その1人をいわゆる普通に高校大学行って働いて人並みに税金納めて・・・から切り離して 日本社会は成り立つんでしょうか? 発達障害のみなら一緒にうまくやっていく方法を模索すべきでは?

 

 以前は、数が少なかった為に、「発達障害なんて存在しない。親の育て方が悪いから出来そこなった子になっただけ」と言われていました。

 今は、数が増えたせいで、「発達障害を特別扱いすると社会が成り立たないから、障害者自身の自助努力でうまくやってほしい。社会に頼るな」と言われる。

 以前は特別支援学校で頑張れば、良い就職先を紹介してもらえる、という未来がありました。でも、企業の障害者枠にも限りがあります。支援学校卒で優秀な発達障害児の絶対数が増えれば、どれだけ彼等が優秀でも、安定した就職先があてがわれる可能性が低くなるでしょう。優秀な子は一般就労に、と言われる未来もありそうです。

 せっかく支援学校に入れたのに、、、と計算がくるって悲しむ事にならないよう、親は更なる計算と未来予測でもって、子育てしていかねばなりませんね。厳しいです。

 

 発達障害の未来は、どうなるのか、私にも分かりませんが、今出来る事を確実に頑張り、どう転んでもどうにかなるよう、備えていくしかありません。と同時に、子供には絶対に無理はさせず、心を病ませず、丁寧に慎重に欲を捨てて育てることも必要です。この2つは相反することですが、なんとかして両立していかねばなりません。

 大変ですが頑張りましょう(誰に言っているのか。。。)ではではまた~