先日、奈良の源九郎稲荷神社に、久しぶりに行って来ました。
一回目と二回目の参拝の記事はこちら↓
今回も良いお天気で、とっても気持ちが良かったです。
桜井識子さんによると、源九郎稲荷神社の神様は、伏見稲荷の神様のすぐ下ぐらいの、神格の高いお稲荷さんだとか。また、この神社の一の眷属がとても強く、その下に沢山の眷属見習いがいるとの事。
なぜ沢山の眷属見習いがこの神社にいるかというと、日本全国の小さなお稲荷さんに、眷属として行く為だそうです。小さなお稲荷さんの下について働く眷属というのは、中々いないのだそうです。理由は、小さなお稲荷さんでは、ご自身で眷属を育てる余裕がないから。
大きな伏見稲荷規模の神社には、沢山眷属見習いさんがいますが、伏見稲荷で一人前になった後、全国の小さなお稲荷さんの下で働きに行こうとする眷属は、いないのだそうです。その点、源九郎稲荷神社は、お稲荷さんの神格は伏見稲荷の次レベルで高く、にも関わらず今現在は、その神格に似合わぬ小さな規模の神社におられる。ここでは、お稲荷さんの力が強いので沢山の眷属を育てる事が出来ると同時に、神社の規模が小さいので、ここで一人前になった眷属は、全国の小さなお稲荷さんの下で働く事に違和感がないのだそうです。
というわけで、源九郎稲荷神社には、沢山の眷属見習いさんがいるので、彼等の練習の為に、できるだけ沢山の参拝客に来てもらって、祈願してもらいたいそうです。その祈願を叶える事が、眷属見習いさん達の練習になるからです。
なので、ここでの祈願は、スパッとすぐに完璧に叶う、というわけにはいかないかもしれない、と桜井さんは書いていました。なんせ、見習い眷属さんの練習ですから。
その桜井さんの文章を見て、私は、「なるほど!」と膝を打ったのです。
実は、私、二回目に参拝した時に、上の記事にも書きましたが、特に新しくお願いはしませんでした。何故かと言うと、一回目の参拝の時に祈願した事が、あまり叶っていなかったからです。
何を祈願したかというと、「私の足が治りますように。普通に歩けるようになりますように」でした。
私は、5年程前に足を悪くして以来、なんとか歩けるレベルで、長時間歩くのは難しかったし、たいして歩いていない日でも、調子の悪い日は痛くなっていました。
私は、神社仏閣で何かお願いする時は、ほぼほぼ息子の事を祈願します。自分の事は、まず祈願しません。にもかかわらず、源九郎稲荷神社では、なぜか「ここでは自分の事を祈願しよう」と思い、自分の事で一番に困っているこの足について、お願いしたのでした。
なので、私が神社仏閣巡りを始めて4年ほど経ちますが、この足が治りますようにとお願いしたのは、この源九郎稲荷神社でだけなのです。
一回目に参拝した時に祈願し、その半年後に参拝した時は、悪くなっていないけれど、さして良くもなっていませんでした。少し良くなったかな、というレベルでした。私の足は、神様にも治して頂くのは難しいのだなあと思い、それ以上ご無理して頂くのも申し訳ないと思い、また、足の具合があまり芳しくなかった為、お礼参りに来れるか自信もなく、二度目の参拝では新たな祈願は遠慮したのでした。
なるほど。祈願を叶えるお仕事は、眷属見習いさんがして下さったのですね。だから、普通の神様のように、スパッとは治らなかったのか、、。桜井さんの書かれたものを読んで、私は納得したのでした。二度目の参拝の翌日、ものすごく痛かった膝が治っていたので、その事は記事に書いたのですが、足自体が治ったわけではなかったのです。
そして。今回、三度目の参拝です。二度目から3年経ちます。
最寄り駅は、JR郡山駅です。駅には、1階に降りる為の、エレベーターがありました。エレベーターの向いに、少し長めの階段がありました。
私は、迷う事なく、階段を降りかけ、「あ!!!!」と気が付きました。前回来た時は、一回目も二回目も、私はエレベーターを使ったのでした。何故かと言うと、足が痛くて、階段が降りられなかったからです。私の足は、上りより、下りの階段のほうが痛くて辛いのです。だから、エレベーターで降りたのです。
でも、今回は、エレベーターが見えたのに、全く無視して、階段をさっさと降りたのでした。。。。
私の足、治ってるやん。もう階段降りるの、痛くないやん。。。
いつの間に治ったのでしょうか。毎日の雑事に追われて気が付きませんでした。完璧に治ったわけではないのですが、90%は治っています。
繰り返しますが、私が、自分の足について祈願したのは、この源九郎稲荷神社でのみなのです。私の足が治ったのなら、それは、間違いなく、この神社の御利益です。しかも、私は、二回目の参拝の時に、もうそれ以上の祈願はしなかったのです。それでも、神様は(もしくは眷属見習いさんが)、叶えて下さったのでした。
うそ~
ビックリしたまま、本来10分ぐらいかかる道を、一瞬で歩いて(そんな感覚でした)、源九郎稲荷神社に到着しました。
久しぶりのお参りです。境内は、一段と綺麗になっていました。お社も、ピカピカと輝いていました。
手を合わせて、足を治して頂いたお礼を申し上げていると、涙が止まりませんね。私は普段、本当に泣かない人間で、心がないのかな、冷たいのかな、と我ながら思うほどなのですが、神社仏閣では、時々涙が止まらなくなります。でも、この日も他に参拝客がおられたので、泣いていては恥ずかしいと思い、ぐっとこらえました。
けっこうあれこれ長々とお話しし、最後は、息子の事で一つ祈願して終わりました。
小さい境内ですが、お花や椅子が多く、参拝客が居心地がいいようにと心を込めて整えて下さっているのが、よく分かります。
そして、アゲハ蝶の多いこと、多いこと。アゲハ祭りかと思うほど、次から次へとアゲハ蝶が舞っていました。写真が撮りたかったのですが、木々の上のほうを飛んでいるのと、飛ぶのが早いので、諦めました。しばし、蝶を眺めながら、椅子に座って寛がせて頂きました。
帰り際、鳥居の写真を撮り終えて、さあ帰ろうと思った時に、最後の最後に、また黒地に緑のアゲハ蝶が一匹、私の目の前をさーっと飛んで行きました。綺麗。本当に綺麗。来て良かった。
駅までの道をてくてく歩いていると、途中、お堀沿いに素敵な遊歩道があるのに気が付きました。いえ、前回二回の参拝でも、この遊歩道の存在には気が付いていたのです。でも、足の具合が悪いので、駅まで歩けるかどうか、という感じで、途中で寄り道する気にはとてもなれなかったのでした。
今回は、足も問題なしで、元気一杯だったので、遊歩道を歩いてみる事にしました。
すると、写真にもうつっているピンクのツツジのお花の所に、大きなアゲハ蝶が、さーっと飛んで来て、止まりました。
私が近づいて行っても、逃げません。ずっと同じツツジの花に止まっていたので、無事に撮影する事が出来ました。このアゲハ蝶は、私が撮影した直後、「もう済んだ?」とでも言わんばかりに(笑)、ひらひら~っと飛んで、神社のほうへ戻って行きました。
アゲハ蝶が撮れたので嬉しく、いい気分でお散歩していたら、近くの小学校から、合唱の声が聞こえて来ました。かわいい声。日陰の気持ちの良さそうなベンチがあったので、座りながら聴く事にしました。目の前の木が、黄緑の葉を風にさらさらと揺らせて、いつまでも見飽きません。合唱は、いつの間にか、合奏に変わっていて、笛やピアニカの音が耳に優しく聞こえてきました。
いつまでも座っていたかったのですが、帰る時間もあったので、腰を上げ、遊歩道の続きをてくてく。古い町並みを再現しているような素敵な道で、端から端までゆっくり歩いても往復20分くらいです。暑くもなく寒くもない、ちょうどいい陽気で、風が涼やかで気持ちよく、本当にリラックスできました。
とっても気持ち良く歩けて、さあ帰ろうという時に、またしても蝶々が。今度は黄色い蝶々です。黄色い蝶々は飛ぶのが早いので、まず撮れないと思っているのですが、この子は近くのお花に止まると、じっとしていてくれました。撮影成功。有難う~っと心の中で手を振りました。
源九郎稲荷神社は、とても小さい神社さんですが、責任感の強いお稲荷さんと眷属がいて、しっかり私の祈願を叶えてくれました。眷属見習いさんの練習になる場合は、叶うまで少し時間がかかるかもしれませんが、叶わないまま放ったらかしにされる事はなく、どうしても見習いさんで無理であれば、神様や眷属さんが最後は仕上げて下さると思います。なので、すぐに叶わなかったとしても、私みたいに「駄目だった。。」と思う必要はないと思います。今日の長々したブログは、これが言いたくて書きました(笑)。
お近くに行かれる際は、ぜひ足を運ばれて下さい。良い事がきっと沢山起こると思います。遊歩道も素敵でした。