書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

誰もが誰かに怒りを感じている?

 先ほど、とても不思議な記事を拝読し、頭の中が「?」となりました。その記事に対して何か批判したい、とういのではなく、「一体、誰に対して怒っておられるのだろう?」と疑問を感じたのです。

 その記事を書かれた方は、とても怒っておられたのです。怒りが文章全体に滲み出ていました。普段は、コロナ禍など存在しないような普段と変わらない「ちょっといい感じの日々」をブログに綴っておられた方が、いきなりコロナ禍に言及し、いわゆる「一般人」に対して、「感謝の念が足りないんじゃないの?」と怒っておられた。

 誰に対する感謝の念かという事を書くと、そのブログが特定されてしまうかもしれないので、書きませんが、「ある団体組織」に対して、です。

 でも。。。おそらく全日本国民が、このコロナ対策で動いて下さっている全ての方々に対して、深く感謝しているし、それは「その団体組織」で働いて下さっている方々に対しても、同じだと思う。本当に本当に有難う、と全国民が思っていると思います。

 なぜその方が誤解されたのかと考えるに、「日本のPCR検査は対象が絞られ過ぎている」という事にたいして、国民が(というか全世界の人達が)、怒っている、という事実を、誤解して受け取っておられるのかなあと思いました。

 でも国民の怒りの矛先は、「PCR検査がもっと多く行えるようなシステムを作らない政府」に対してです。また、「行政のトップ」に対してです。決して、第一線で実際に働いて下さっているお一人お一人に対して、怒っているわけではありません。むしろ第一線で現場で働いて下さっている方々には、感謝の念しかありません。

 その記事を書かれた方は、そこを誤解しておられるのかなと私は感じました。

 

 でも、こういう事は、今の時期、あちこちで起こっているのだろうなあと思います。誰もが誰かに怒りを感じている。怒っている本人は正当な怒りだと思っていても、別の角度から見たら、誤解である場合が多い。でも、本人はそれに気づけないし、誰も「それは誤解だよ」と指摘もできない。そういう状況が、今、蔓延しているのかなあと思います。

 

 このコロナ禍においてすら、普段と変わりない日々を淡々と穏やかに不満も不安も口にせずに、楽しめる事を見つけて、優等生的に暮らしている人ほど、心の中に驚くほどの怒りを持っているように感じます。こんな非日常において、こんな鬱屈した日々において、一筋の不満も不安も抱かないというのは、不自然だと私は思うからです。これは私の勝手な意見ですが。

 

 私の親族の男性は、夫を省き全員が医療従事者です。しかも多くが、感染者の多いここ大阪で働いています。開業している人間、勤務医、公務員、様々います。それぞれが大変な思いをしている事を、私は聞かされています。彼等の誰かが倒れてしまわないかいつも不安だし、政府にはもっとシステムを整えてくれと、強く願っています。だから、私の不満の矛先は、大阪の行政のトップである吉村知事にも、向けられていました。

 でも、先日、様々な吉村知事の取り組みを認識し、彼は精いっぱいやってくれていることを確認しました。今まで不満を持っていて申し訳なかったと心から思いました。だからといって、私の親族達の状況が、よくなるわけではなく。むしろ日々刻刻と悪化しているわけです。

 この怒りは、誰に対して向けるべきなのか。大阪府知事ではない。安倍首相は先日国民に謝罪していたから、彼にも怒れない。

 だとしたら。怒るということ。違和感を感じるということ。不満を感じるということ。すべて、不毛なのでしょうか。

 いや、この状況で、怒る事不満を感じる事は、自然な事だし、それを人に語ったり、ブログに書いたりするのはむしろ良いことだと思います。もし誰かに対して何かに対して怒りや違和感を感じているなら、押し殺さず、出したほうがいいと私は思います。たとえそれが誤解から成る怒りでも。誤解であれば、誤解であると、いずれ分かるでしょうし(私が吉村知事に怒りを感じていた時のように)、正当な怒りであれば、世論形成に貢献するでしょう。

 

 そしていつか、正真正銘穏やかな心持ちが返ってくることを、願います。私自身に対して。

 

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