書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

小さい子と過ごす夏休み

 今、心が辛くなるようなブログ記事を、拝読してしまい、しーんとした気持ちになっています。

 小さい年齢の我が子達と過ごす夏休みがしんどく、一日中子供を叱っている、外出するたびに子供達が信じられないような悪さをするので、思わず怒鳴ったり殴ったりしてしまい、人目もあり落ち込む。というような内容の記事でした。

 少し前の記事まで遡って拝読するに、お母様(そのブロガー様)は気が付いておられないようですが、お子様達(3人)は、発達障害のケがあるようです。グレーか、もしくは軽度か。発達障害のあるお子様達と過ごす長い酷暑の夏休みは、どれだけ過酷が偲ばれ、辛い気持ちになってしまったのです。

 そのブロガーさんは、絶対私のブログは読んでおられないと思いますが、もしかして他に同じような状況の方でここを読んで下さっている方がおられるかもしれないので、私の子供との夏休みの過ごし方について、書いておこうと思います。

 息子が幼稚園や小学校の頃(つまり、外出する時に、必ず付き添わなくてはいけない小さい年齢の頃)の夏休み、私は、毎日、どこかに出かける事にしていました。一日家に居る、という事はまずなかったです。家の外の空気を吸う事で、親子とも気分転換になり、時間もつぶせるし、子供もいい感じで疲れてくれるし、発達の遅い子にコツコツ経験値を積ませる事もできたからです。

 出かけ先を確保する為に、私は、お稽古と療育を利用させてもらいました。

 お稽古は、ピアノと水泳を週一づつ。ピアノは歩いていける距離だったので、暑かったですがお散歩出来ました。水泳は車で連れて行っていました。プールのある建物が大きく、他にも色んな階があって、毎回水泳の後は、その建物の探検(階段で上がったり下りたり)をするのが、息子の楽しみでした。

 療育は、幼稚園の頃、六か所ほど通っていました。週一でやってくれたのは一か所だけで、あとの所は月一。でもこれらをうまく組み合わせて、週二回は、療育のどこかに通えました。どれも電車で行っていたので、駅まで歩いたり、駅の中を歩いたり、暑くて大変でしたが、療育先に行ってしまえば、広くて遊具も多く子供の数は少なく大人の数は多い、という、息子には最適な環境で遊びながら色んな経験を積ませて頂け、助かりました。息子にとって楽しい思い出になり、今でも療育の先生方のことをよく話します。

 小学校になると、療育がなくなった代わりに、家庭教師の先生のお宅に、週二日通いました。勉強は、基本、私が教えていたのですが、私だけでは抜けがあると怖いので、プロの先生にもフォローしてもらっていた感じです。先生のお宅には、小学生のご兄弟がおられ、行けば一緒に遊んでくれ、息子は楽しかったようです。先生は凄く優しい方で、毎回毎回、何も身に着かない息子を、沢山誉めて下さり、今でも本当に感謝しています。

 ここまでで、週4日が埋まりました。お稽古も、療育も、家庭教師の先生も、私が大人の人と話す良い機会でもありました。私の精神衛生上にも良かったです。

 さて、あとの3日かのうち、1日は、公営プールに行っていました。朝早い、まだ空いている時間帯に出かけ、30分~1時間ほど泳いでサッと帰ってくる感じ。それでも、太陽や水に触る事で適度に疲れ、いい感じになりました。息子は泳ぐのが好きなのです。私もです。帰ったらお昼を食べ、食後は親子でリビングでごろ寝しました。ザ・夏休み、という感じで。

 あとの二日は週末の土日なので、夫がいます。息子が小学生になった頃からは、週末は夫が息子をどこかへ連れて行ってくれるようになりました。幼稚園の頃は、夫一人では息子を扱えなかったので、家族でどこかへ行く、という感じでした。車で食事に行く、というのが多かったです。レストラン、というよりは、広くて自由度の高い場所に連れて行っていました。たとえばイケアのような場所です。たまに、海に行ったりもしました。

 また、お友達(というか、親どうしが約束して)を呼んで、ベランダで家庭用プール遊びをしたり、お友達の家にお呼ばれしたり、という事もたまにありました。

 小学生になって、少ししっかりしてきてからは、水泳や体操などの運動系のお稽古の、夏休み集中プログラムを利用する年もありました。2週間単位で、毎日同じ時間に通うのです。これをいくつか組み合わせると、夏休みは俄然充実(?)してきます。しんどければ休めばいいし、とりあえず毎日どこかに行く予定はある、というのは、心強かったです。ウチは主に運動系を利用していましたが、こういう夏休み集中プログラムは、運動系だけでなく、英語系や理科の実験系、幼児系など色々ありました。

 あと、毎年ではありませんが、色々な所が主催しているキャンプにも、参加しました。日帰りだけでなく、宿泊キャンプにも。良い経験になりました。

 とにかく、こんな風にして、週7日、毎日どこかへ出かけていました。家に閉じこもらない事が、夏休みを快適に過ごす、私なりの秘訣(というほどのものではないですが)でした。

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 同時に、私が心がけていた事は、私の用事に子供を付きあわせない、という事です。スーパーへの買い出し、銀行の振込み、、、そういう用事は、まとめておいて、夫が家にいる時に、夫に息子を見てもらっている間に、さっと済ませていました。なので、食材はいつも、大量にまとめ買いしていました。

 小さい発達障害児の場合、大人の用事(例えばスーパーへの買い物に等)に一緒に連れていく事は、やめたほうがいいと思います。よく、スーパーで子供が悪さして疲れ切る泣きたい、というようなブログ記事を拝読するのですが、「連れていけばそうなる。当たり前」と、申し訳ないけれど、思います。すみません。大人の用事に付き合わされる事は、発達障害児にとって、まったく楽しくないことです。面倒くさい苦痛なことです。ストレスがたまりますから、少しでも発散しようと、悪さをするのは当然です。嫌がらせのように親に逆らうのも当然です。何故なら、嫌な事をさせられているからです。

 健常児さんなら、大人の用事に子供を付きあわせても大丈夫でしょうが、発達障害児の場合は、止めておいたほうがいいと私は思います。

 また、健常児さんなら、私のように徹底して出かけ先を確保しなくても、一日家にいてもそこまでストレスをためないだろうし、ストレスをためたとしても、些細な事で癇癪をおこしたり、とめどなくぐずったり、信じられないような悪さばかりしたり、という事にはならないと思います。でも、発達障害児の場合、親が上手に気分転換させてやらないと、扱いずらさがエスカレートしてしまい、大変な事になってしまいます。

 最初に紹介したブロガーさんのお宅も、夏休みの毎日、お子様(おそらく発達障害児)3人と、家にずっといる生活なようで、それはもう、子供が扱いずらくなっても当然だろうと思われるのです。

 ブロガーさんは、「こんなに一生懸命育てているのに、どうして子供達は言う事を聞いてくれないのか。どうして毎日毎日こんなに辛いのか」と、とても苦しんでおられました。

 その「どうして?」に、私が(関係ないのに勝手に)お答えするなら、それは「あなたが、お子様達に対し、発達障害の可能性を、全く考慮されないからでは?」と思います。

 別に病院や児童相談所で診断をつけなくても、普通に小児科の発達外来などに行って、子育て相談をしてもいいし、診断名をつける必要はなくて、ただ、普通の健常児の子育て方法は、自分の子供達にはフィットしないのだ、という事を知るだけで、色んな事が随分違ってくると思います。

 発達障害に関する本は沢山出ていますから、一冊でも手に取って読んでみられたら、と思います。その中で、お子様方に合う子育て方法が見つかるかもしれない。それを試してみて、駄目だったら、また別の方法を探してみて、試してみる。少なくとも、健常児の普通の子育て方法をし続けている限り、発達障害児のお母様の苦しみは、終わらないと思います。お子様が中学生になっても、高校生になっても、お子様が生きづらさを解消できていない限り、必ずその年代なりの問題が出てきます。また、的確な配慮や支援なしに、発達障害児が自立する事は難しいです。一旦は就職しても、続ける事は困難です。脅すわけではないのですが。

 私の夏休みの過ごし方を書こうと思って、話がそれてしまいましたが、もうそれたままで続けます。

 上に紹介したブログ記事には、沢山の(300件ぐらいの)共感コメントが付いていました。「ウチの子供もそうです」「我が家の子供達もそうです」「読んでいて泣けました」「一緒に頑張りましょう」、、、。

 共感する姿はとても美しいし、心を通わせあう事も素晴らしいこと。でも、他の人も同じ境遇で頑張っているから私も頑張る、と、ただやみくもに頑張っても、なかなか難しいのではないか、と私は思いました。また、時間が解決する問題でもないのでは?とも思いました。

 今、発達障害児は、グレー児も含めると6人に1人、生まれています。中度、重度の障害児なら、親もさすがに病院に連れて行きますが、グレーや軽度の場合、全ての親が障害を認めるわけではないです。素人判断では、障害なのか、そうでないのか、は分かりません。「ウチの子は発達障害ではない、でも育てにくくて辛い」と苦しんでおられるお母様方が、沢山おられるのだろうと思います。そういう方々が、上記のブログにコメントを寄せられたのだと思います。

 私が思うのは、育てにくいと感じるのだったら、一度、専門家に相談してみたらいいのになあ、という事です。

 そういうお母様方は、「私はやるべき事は全部やっている。子供には、何度も何度も繰り返し教えた。でも子供が言う事を聞かないのだ」と仰る。でも、本当に「やるべき事の全て」をおやりになっているのか。

 この夏休み、子供があまりにも厄介、子育てがあまりにもしんどい、と思うなら、一番にやるべき事は、子供の環境を整える事だと思います。子供に対して何かをするのではなく。つまり、子供を叱ったり、教えたり、という事では、なく。子供の置かれている環境を、子供にとってできるだけ快適なものに整える事。子供から不要なストレスを省き、子供が楽しく過ごせるように整える事。

 それでも、子供が変わらず厄介であり、子育てがあまりにもしんどい、と思うなら、子供の発達障害の可能性を、考えてみてはどうかと思います。私は、誰でも彼でも発達障害にしたいのではなく、「どう考えても育てにくい。泣きたいほど辛い」と思うならば、可能性を考えてみるタイミングではないか、と思うのです。違ったのならそれでもいい、でも、違わないかもしれません。診断をつけるのが目的ではなく、子供に適した子育て方法を知る為です。そして、療育等の支援サポートを受ける為です。療育に参加できれば、少なくとも、子供と家に閉じこもるというような夏休みは、送らなくてすみます。できれば病院や児童相談所の予約を取る事。それが敷居が高すぎるのであれば、本を読んでみるのでもいいと思います。

 ただがむしゃらに、今までと同じ環境で、今までと同じ努力を続けていても、何も変わらないと、私は思うのです。ただひたすらしんどい日々が続くだけです。子供が発達障害だった場合、子供の生きづらさを親が知り改善してあげない限り、親子共しんどい日々は一生続きます。

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 ここに書いたような事は、現実社会で、面と向かってお伝えする事は難しいです。人間関係を木端微塵に打ち砕き、思いもよらぬ恨みを買う危険があるからです。そういう危険を冒してまでも言ったとしても、相手の心に響く可能性は、果てしなくゼロに近いのです。

 というのも、私は随分前、息子がまだ小学生の頃、どう見ても発達障害なのに放置されているお子さんのお母様に、駄目もとで、発達検査を勧めてみた事が一度だけあります。予想通り「あなたに、私の子供の何が分かるの?」とキレられ、泣かれてしまいました。勿論、その後もそのお子さんは発達検査を受ける事なく成長し、学校を途中で辞め、就職もできず、今は家にいるそうです。お母さんは、「私が生きている限りは、息子の面倒を見る。私が死んだ後のことまでは知らない」と言っているそうです。悲しいなあと思いました。私にはどうする事もできません。

 上記のブロガーさんの過去記事を拝読するに、コメント欄で時々、「発達検査を受けに行かれては?」というアドバイスが入っているのですが、ブロガーさんは、そういうコメントを、「嫌な批判コメントが入った」という風に受け止めておられます。ブロガーさんは、「リアルで私の子供達を知らない人に、何か言われたくない。リアルで私の子供達を知っているママ友や先生から、発達検査を勧められたら考えるが」と書いておられます。ですがリアルで他人の子供に発達検査を勧める等という事は、誰もできないわけです。

 軽度はともかくグレー児というのは、医師ですら発達障害かどうか判断ができない、という事ですから、素人が判断する事は不可能です。だから、グレー児に対して、ママ友や先生が、その親に発達検査を勧める事は、ないのです。できないからです。でも、たとえグレー児であっても、健常児よりは遥かに育てにくく、本人も生きづらさを抱えています。だから、専門家の助けを得る事は必要。なのに、「リアルで私の子供達を知っているママ友や先生から、発達検査を勧められたら考える」というのは、筋が通っているようでいて、やはり現実が見えていない言葉だと感じてしまいます。 

 勿論、検査を受けた途端に、子育てがラクになるわけではありません。診断がついても、親にとって、発達障害児の子育てが過酷である事には、変わりはありません。でも、子供自身にとっては、必要な療育を受け、適切な支援と配慮を受ける事で、生きづらさは少しづつ解消していきます。生きづらさが減れば、その子本来の能力が発揮できてきます。それが、将来の自立へと繋がっていくのです。

 なんだか、話がアチコチしましたが、長くなったのでここで終わります<(_ _)>。

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