書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

「私が幸せなら、周囲も幸せ」の真実

 またしても、勉強記事を中断し、今日はこんな事を書きます。

 少し前に、こんな記事を書きました。 

oinor-i.hatenablog.com

 ある方(Aさん)が、背中に薬を塗ってもらうことを、娘さんのアルバイトとしていて、塗ってもらうたびに娘さんにお金を払っている、という内容の記事です。

  先日、本当に偶然なのですが、この記事に出てくるAさんのお嬢さんと二人っきりでお話しする機会があり、そこで驚愕の事実(大袈裟か)を知りました。

 娘さんいわく。

「母親の背中に薬を塗る事で、お金を貰うなんてオカシイという事は、私自身がよく分かっている。分かっていてあえてやっている。なぜならば、私は母が大嫌いだからだ。嫌悪感がたまらなくあるからだ。そんな人間の肌に触るなんて、気持ち悪くてたまらない。それでも、母親だから、手が届かなくて困っていると言われたら、薬を塗ってやらざるをえない。とてもとても嫌で苦しい事だ。その苦しさを少しでも誤魔化す為に、私は、『薬を塗る』という行為を『お仕事』と割り切る事にしたのだ。だから僅かな額だがお金をもらう事にしたのだ。そこまで割り切らないと苦しすぎるから」

 私が「お母さんは、あなたが、指にベタベタしたものをつけるのが嫌だから、薬を塗りたがらない、と言っていたけれど、あれは間違い?」と聞くと、お嬢さんは、

「確かに私は、指にベタベタしたものを付けるのが苦手だけど、薬ぐらいは塗れる。お母さんの背中に薬を塗りたくない理由は、そこじゃない。でも、お母さんは、そこだと思っているほうが自分がラクだから、そう思っているのだと思う。本当の理由は、私がお母さんに触りたくない、という事」と言いました。

 私が「どうして、そこまでお母さんの事が嫌いになったの?」と聞くと、過去にお母さんがした事、逆にしてくれなかった事、を挙げて、どれだけ自分が傷つき苦しんだか、という事を、私に説明してくれました。それを聞く限り、彼女がお母さんを嫌いになっても仕方ないな、と思える内容でした。

 最後に、私は、Aさんがいつも口癖のように言っている言葉を、彼女に聞いてみました。「あなたのお母さんは、よく、『私が幸せなら家族も幸せなの』『まずは私が幸せになる事が一番大事』と言っているのだけれど。そして、そういう生き方を実行しているのだけれど、あなたはその事について、どう思っているの?」と。

 お嬢さんは顔を歪めて「ああ、それね。うちのお母さん、いつもそう言うよね。家族としてはいい迷惑。家族みんなの迷惑の上に、お母さんの幸せが成り立っているって感じ。家族みんなが我慢してる。文句言うと、お母さん、感情的になってわめき散らすから。お母さんには何も言えない。お父さんも、お母さんがわめき出すのが面倒だから、何があっても、黙ってる」

 若いお嬢さんの主観的な意見なので、どこまで客観的な事実なのかは分かりませんが、少なくとも、Aさんが把握している「家族から見た自分像」と、実際とは、大きくかけ離れているように感じました。

 「私が幸せなら、周囲も幸せ」というのは、本人から見ればそう見える、というだけの事で、やはり、客観的事実とは言いずらいのではないか、と思いました。

 あと。薬を塗る事をアルバイトとする事はおかしい、とお嬢さんはハッキリ分かっているので、以前書いた記事の私の意見「こういうお嬢さんは結婚には向いていないのではないか」は、完全な見当違いであった事が分かりました。やはり、モノゴトは、様々な立場の人から話を聞かないと、真実は分かってこないものだなと思いました。

 なので、お嬢さんから聞いた話も、きっと、どこか何かしら歪みがあるのだろうし、一方的にAさんが悪い、としてしまうのも、間違いなのだとは思います。

 結局のところ、他人のことは分からない、これに尽きるのだなあ。

 お嬢さんと話した事は、「絶対にお母さんに言わないで」とお嬢さんから口止めされているので、Aさんには言えません。だから何も解決されないし、変わらないです。万一、私が約束を破ってこの話をAさんに伝えたとしても、Aさんは聞く耳を持たないだろうし、私やお嬢さんの事を否定して、ご自身は何一つ反省も改善もしないだろうと思います(長年のお付き合いで、そう感じます)。せめてもと思い、お嬢さんには、「私で良ければ、いつでも話は聞くから、ガス抜きに使って」と伝えました。

 私にできる事は、私が信じる方法で、私が生きていくしかないのだと、改めて思いました。家族に対して、また他人様に対しても、良心を持って生きる事が、私の信じる方法であって、それがたとえ時代遅れであろうとも、多少自分を押し殺す部分があろうとも、私はそう生きようと決めています。私にとっては、そう生きる事が安心なのです。でも、それを、他人様に勧める事はできませんし、勧めるべきでもないのだろうと思います。他人様のことは、私にはどうしようもないのだ、改めて感じました。

f:id:oinor-i:20180112090141j:plain