わりといつも思った事をそのまま書いているので、今の時点で書き残したと思う事はいつもない。なので、これ以上ブログを書く必然性もないので、ふと立ち止まるとそのまま更新しなくなるのが常。とはいえ、書こうと思えば何かしらつらつら出てくるのも事実で、また書き始めたりする。
昨日けっこうまとめて思っていた事を書いたので、今は別に心の中に何もない。
私自身、恵まれていると思う事もあるし、厳しい環境にいると思う事もある。金銭的に苦労していない事や、親の面倒をみなくていい事、健康な事は恵まれている。一方、一人息子が障害者であり、支えるのに疲弊している事は厳しい事実。息子がトランプでいうジョーカーで、ジョーカーの存在1枚で全てが負けに転じるような重さがある。
大人の発達障害の難しさは、子供時代からの延長でもあるが、➀癇癪が自分で抑えられない ➁認知の歪みが大きい ③こだわりや執着が強迫観念レベルで強く、日常生活に支障をきたす
特に③は大変で、就労にも影響する。働く能力はあっても、ありえない事にこだわってしまい、働けないという状況に陥るからだ。これは息子にはあてはまらないが、例えば触覚過敏でスーツが着れない人は、一般的な会社員が出来ない場合、TシャツがOKの職場しか選択肢がなくなる。本人の適正とTシャツOKという条件を掛け合わせると、就労先の選択肢はゼロに近くなる。
とはいえ、1つでもあればそこに就職すればよく、それで解決するから問題にはならない。
息子の場合のこだわりや執着は、もう少し曖昧かつ抽象的、そして流動的なのだ。はっきりしていないので対策もたてにくい。その場その場で場当たり的に対応するしかなく、これに私は疲弊する。永遠に続く泥沼を歩いているようなものなので。
息子自身、明日何にひっかかるか分からないし、引っかかってしまったら動けないし、なぜ引っかかってしまったのか自分でも分からないし他人にも説明できない。でも引っかかってしまった以上、それを拒否するしかない。どうしても無理なのだそうだ。
何かしら一貫した理由や方向性があればいいのだが、そういうものが全くないので困る。
ただ思うのは、こういうタイプの発達障害を育てる場合、情報を与えないにこしたことはない、という事だ。知らなければ引っかかる事もない。どれだけ高い知能を持っていても、ごくごくシンプルな障害者向けの学校や進路を選ぶと安全なんだなと今になって分かる。楽しみもないかもしれないが、安全だ。
下手に大学に行き、勉強し、学会に行き、仕事を探すような方向に行ってしまうと、引っかかりが無限に存在してがんじがらめになる。やりたい事はあるが引っかかりが邪魔でやれないから、息子いわく「引っかかりがなくなればやれる」。でも引っかかりはなくせないとなると、やりたいのにやれないジレンマの状況に陥り、苦しむ。1人で苦しんでくれるならまだいいが、私を巻き込んで、「正しい答えを出せ」と迫る。「諦めるしかないよ」と言うと、それは受け入れ拒否。息子が望むのは、引っかかりがなくなる事だけで、それが実現する事だけで、永遠にそれは実現しないという事を認めない。堂々巡りが日々続く。
つくづく、大人になった発達障害者の困難さの要因は、育ってきた過程で決まるなと思う。子育て期は、息子を受容し適正にあった環境で丁寧に育てる事が一番だと思っていた。療育も早くから始めた。しかしそれは正解ではなかったと今は分かる。正解は、知的レベルに関わらず、発達障害があれば、障害者向けの学校と進路を選び、極力情報から遠ざけて、刺激を与えない事が大切だったのだ。
ただ。
一言で発達障害と言っても、多動タイプのADHDと、過敏タイプのASDは相性が悪い。ADHDのたてる騒音や急激な動きが、ASDには恐怖とトラウマになる。しかし、障害者向けの学校や進路では、この二者が同時に存在し仕分けられない。私も、息子が幼少期に、保育園のように毎日通う療育園を見学したが、ぼーっと立っている息子がどこかのお子さんに突き飛ばされ(突き飛ばしたお子さんに悪気はない)、それがそこでは日常茶飯事なのだと知って、通所を諦めた。結果、普通の幼稚園に通いながら、週1回療育教室に通うスタイルになった。
だから、出来たらASDだけの学校や進路があると助かるのだが、今現在は存在しない。でも出来たら、ASDだけの静かな療育園、学校、就労先があれば、どんなに良いだろう。別に袋詰めのような軽作業でも良いのだ。それが仕事というものだと教え、あなたにはこれが向いていると教え、それ以外の世界を見せなければ、息子は平和にそういう世界で生きて行けたと思う。
なまじっか、普通の学校に通い、健常者の世界で育ててしまった為、息子は困難さに直面している。やりたい事が沢山あるのに、様々なこだわりが邪魔をしてやれない、でも諦める事は不可能というジレンマ。矛盾。だったらもう、最初からやりたい事に出会わせないほうが良かったのだ。そのほうが絶対的に平和だった。
このテーマでこんなに書くつもりはなかったのだが、いつの間にか書いてしまった。今日書きたかったのは古いTシャツの話なのだが、それはまたいつか。
解決のないまま終わります。ではまた。
