書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

「ハイドロサルファイト・コンク」花村萬月著

 暴力とエロ満載の記述に定評のある花村萬月氏。残念ながら、私は馴染めなくてあまり読んでいないのですが、この本は別格。とてつもなく面白かったです。

 

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 アマゾンの著書紹介を抜粋します。

「遠くない未来に、私は死ぬ」。病とは無縁だった著者・花村萬月が、このままでは2年後の生存率が20%の骨髄異形成(こつずい・いけいせい)症候群に罹り、骨髄移植を受けることになった。それは現在まで続く地獄の始まりだった。これは、現世の報いなのか? 発症から骨髄移植、GVHD(移植片対宿主病)、間質性肺炎、脊椎四ヵ所骨折など、副作用のオンパレードへと到る治療の経過を観察しつづけた作者自身によるドキュメンタリー・ノベル!

 

 出だしは、ネズミの死の描写から始まるという、読みづらさ 笑。まあこれは、著者のシグニチャーでしょう。

 ただ、そこを過ぎると、いつもの彼の文章ではありません。なんと言っても小説じゃないから。これは、自身の闘病記、ノンフィクションなのです。

 正直、花村萬月さんが小説で描く世界が私は苦手でした。暴力礼讃、男性の力=精力である、彼の好みの女性像から推測される女性蔑視(言い過ぎか、、)、金銭含め細かい事に無頓着である事を正義とする姿勢、、、等々。

 確かに、それがカッコいいのかもしれないけれど、私はあまり共感できなかったのです。

 それが、この本では、一切出て来ません。

 何故なら、繰り返しになりますが、この本は彼自身の凄まじい闘病記だから。

 そして、この闘病記を読んで、私はいくつか学ぶことがあったので、読んで良かったと思いました。

 

 私なりに筋書きを整理すると。

 彼は、骨髄の病気になってしまい、余命2年の宣告を受けます。残された道は、骨髄移植のみ。彼は、深く考えずに(と読んでいて感じた)、骨髄移植を選択します。

 なぜ深く考えずに、と私が感じたかというと、そもそも身体のあちこちに不調がでて歩けなくなっても、彼は自身の病気に真剣に向かい合うという事をせずに、病院にも行かなかったのです。最後は奥様に引きずられるようにして、来院し、そこで病気が発覚した後も、移植手術をしてもらう病院探しも、奥様に任せきり(結局、京大病院に行かれたようです。以下K病院)。

 そんななので、K病院でも、骨髄移植について自ら必死で調べる、という事もなく、医師に言われるがままに、手術を受ける事にしてしまうのです。

 

 骨髄移植の予後が壮絶である、という事は、調べればすぐに分かります。何故ならば、骨髄移植=全血・全リンパ液を他人のものと交換する、という事だからです。

 ヒトには免疫能力があり、これは、主に、リンパ球の中にある白血球(B細胞・T細胞)が担っています。

 ざっくり言えば、体内にある排除すべき物(細菌・ウィルス感染細胞)に対し、B細胞が「異物」と認識して抗体を作ります。

 その抗体に対して、T細胞が反応して(抗体抗原反応)、その異物を攻撃します。

 白血球が、それを異物と認定する根拠は、HLAという型で決めています(全て細胞にはHLAの型があるので)。

 つまり、対象の細胞のHLA型が、自分の細胞のHLA型と異なる時に、T細胞は、その対象の細胞を、攻撃する、という事です。

 

 で。HLA型というのは、親子でも一致する事が難しく、唯一、兄弟姉妹間のみ、四分の一(だったかな?)の確率で、一致する可能性があります。が、花村氏の場合、唯一一致した妹さんが、病弱なため、骨髄をもらう事が出来ませんでした。

 というわけで、赤の他人から骨髄を貰わなくてはいけないわけですが、他人の間でHLA型が一致するというのは、まあまあ難しいというか不可能に近いのです。

 ところが、ほぼ一致する、というドナー(骨髄を提供してくれる人)が現れました。ただ、その人のHLA型は、花村氏のHLA型と、完全一致ではなく、一部異なります。それでも、かなり近い。

 というわけで、K病院の医師達は、花村氏に骨髄移植をする事を勧め、彼もそれを承知します(あまり深く考えずに、、)

 

 HLA型がほぼ一致とはいえ、一部異なるわけですから、骨髄移植を受けた後(自分の白血球と他人の白血球を全入替えした後)の、闘病記はすさまじいです。

 他人の白血球は、花村氏の全身の全ての細胞に対し、「これは異物だ」と認識して、攻撃してきました(当たり前です)。

 いわゆる、免疫反応です。

 この免疫反応を抑える為に、大量の免疫抑制剤が投与され、この免疫抑制剤による副作用もまた、壮絶です。

 例えば大量のステロイドにより骨がスカスカになり、花村氏はベッドマットレスを持ち上げただけで、背骨を四か所骨折し、動けなくなります。

 まあこの闘病記の凄まじさは、本書を読んで頂くとして。

 とにもかくにも、しかしながら骨髄移植を受けたおかげで、術後2年を過ぎても、花村氏は生きておられます。移植を受けなければ、おそらくお亡くなりになっていたはずです。

 であれば。移植を受けた事は、正しかったのか。どうか。

 

 好きで病気になる人はいません。

 この本を読んで私が感じたのは、いつもと同じなのですが、とにかく「丁寧に生きよう」という事でした。楽しい事、面白い事、刺激のある事は、生きるモチベを上げてくれますが、同時に、命を縮めたり、身体に苦痛を与える羽目になる事もある。

 ほどほどを目指して、ほどよい楽しさを目指して、バランスを取りながら、丁寧に生きていこうと思いました。

 

 花村萬月さんの著者紹介を、これまたアマゾンさんから引用して貼っておきます。

花村萬月(はなむら・まんげつ)1955年、東京都生まれ。89年『ゴッド・ブレイス物語』で第2回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。98年『皆月』で第19回吉川英治文学新人賞、「ゲルマニウムの夜」で第119回芥川賞、2017年『日蝕えつきる』で第30回柴田錬三郎賞を受賞。その他の著書に「百万遍」シリーズ、「私の庭」シリーズ、『弾正星』『信長私記』『太閤私記』『ニードルス』『花折』『帝国』『対になる人』『夜半獣』など著書多数。