書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

筋が通っているから正しい、というわけではない。

 ずっと勘違いして間違って生きて来てしまったなー、と思う事があります。

 私は「論理性」という世界が好きで、筋が通っているかどうか、を、正しいかどうかの基準にして生きて来ました。自分自身がそうやって生きているのは構わないのですが(自分の事なので)、他人の言動に不快感を覚える時、それが正しいか間違っているかのジャッジに「筋が通っているかどうか」を採用していたのです。

 最近、こういう私は間違っている、という事に気が付きました。筋が通っている事は、何でも正しいわけではない、という事に気が付いたのです。

 筋が通っていても、その思考が相手を否定するものであれば、間違っている、と。これについては、過去記事とかぶるので、宜しければこちらをご参照頂ければと思います。 

oinor-i.hatenablog.com

 人を否定すること、批判する事は、そこに至る思考がどれだけ筋道通っていても、よくない事なのだ、という事に、最近やっと気が付いたのです。そういう目で過去の自分を眺めて見ると、数々の失敗や不幸事の前に、不必要に他人を批判し否定してきた自分の言動があることに気が付きました。その当時は、私自身は、私自身の思考に一ミリの矛盾もなく筋がピシッと通っているため、私は正しい、と思っていました。でも、違うんですね。筋が通っていようがいまいが関係なく、他人を批判する事はダメなのです。

  かなり前の話ですが、ある方(仮にAさん)がお仕事をされている組織が、おかしい事をされている、と、私が気が付き、「あなた方がやっている事はおかしいです」とAさんに言ったのですね。Aさんは激怒され、私を公衆の面前で罵倒し笑い者にしました。まあ、そういう経緯があったのです。私は、自分は間違っていないと思っていたので、Aさんから罵倒され笑い者にされた事がとても不快でした。そんな中最近、Aさんがお仕事上で不正行為をされている事が発覚しました。今の段階ですぐに組織がつぶれるほどの事はないようですが、今後も色々出てくると言われているらしいです。

 私が、個人的に、Aさんを批判しなくても、Aさんの組織が間違った事をしていたのなら、いずれ必ず宇宙のしくみとしてペナルティーが下されるのだから、私は何もする必要はなかったのだなと分かりました。Aさんを批判した事でAさんから罵倒され、嫌な思いをした分、私は愚かだったわけです。また、私個人にも、人を批判したペナルティーに値するような事が起こりました。人を批判した事で、言い返されて嫌な思いもし、それとは別にペナルティーまで食らってしまったわけで、散々です。以前なら、私は間違った事をしていないのに何故?と思うところですが、今はその理由が分かります。

 筋が通っているいないに関係なく、人を批判する事自体が間違いなのです。

 Aさんの組織はとても成功していて、中でもAさんご自身はとても評価が高く、有能な稼ぎ頭でした。そんなAさんが犯罪行為で告発されるなどという事は、当時、誰一人想像すらできなかったと思います。でも実際にそれは起こった。宇宙のしくみというのはとてもフェアだし、信用できるものだ、という事を改めて知りました。私が個人的に感情をからめて、人を批判する必要など、どこにも無いのだと思いました。

 今でも私は、筋が通らない事を言っている人や、言っている事とやっている事が矛盾している人を見ると、批判精神を発動してしまいます。しまいますが、すぐに「あ、いけない!」と思い、やめるように気を付けています。批判するというその事自体が、間違いだと気が付いたからです。私お得意の論理性で説明するなら、私が批判したところで相手が反省する事は絶対になく、逆に言い返されて嫌な思いをするのは間違いなく、さらに、人を批判した事によるペナルティーまで私に課せられる。良い事が一つもないのに、わざわざ人を批判するのは意味がないのです。単に、人を批判するのが気持ちいいからやっている、という私の欲のなせる業なわけで、これにやっとこさ気が付けて本当に良かったと思っています。欲を過剰に求めても満足する事はできないうえに、わが身を滅ぼす元凶にすらなり得ますから、減らしていかねば、と思います。

 とはいえ、これは私の個人的な考え方なので、世の中の絶対的な正解かどうかは分かりません。私はこう思う、という事を書きました。人を批判する事は正しい事だ、と思われる方もおられると思いますが、それはそれで正解なのではないかと思います。