書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

道途中⑤(障害をカミングアウトするかどうか)

 以前、同じような発達障害児を持つ方とお話した事がある。その方と私の子育てには、大きな違いがあった。主な違いは以下の3点。

①その方は、「子供の人生と、私の人生は、別」と言い切り、キッパリ分けて考えておられた(子供の人生は子供のもの、私の人生は私のもの、という感じ)。私は、そこまでキッパリとは分けて考えない。

②「障害児である事を周囲に伝えるか・伝えないか」について、その方は伝えない派。私は伝える派。

③「薬を飲ませるか・飲ませないか」について、その方は飲ませる派。私は飲ませない派(と言うか、飲ませる必要がなかった)。

 ①については、またいつか書きたい。今回は②と③について書きたい。この2つには因果関係があるように思う。

 子供の障害を隠すか、カミングアウトするか、どちらを選ぶか親は悩む。

 障害を隠して生きるメリットは、差別を受けない事だ。デメリットは、必要な支援や配慮を受けられない事だ。逆に、障害をカミングアウトして生きるメリットは、必要な支援や配慮を受けられる事で、デメリットは差別を受ける事だ。各々のメリットとデメリットを比べた時に、私には明らかに、障害をカミングアウトして生きるメリットのほうが、大きいと思えた。それで、幼稚園の頃から、発達障害である事を周囲に伝え、必要な支援と配慮を十二分に受けながら育てて来た。

 一方、その方は、お子さんの障害をずっと隠して来られたが、中学生になってとうとう不登校になってしまい、特別な配慮を受ける為に、障害児である事を伝えざるを得なくなった。私は、その方には大変申し訳ないが、どうせ伝えねばならぬ時が来るのだから、できるだけ早目に伝えて、もっともっと小さい頃から、支援と配慮のある環境で育ててあげればよかったのではないか、と感じてしまった。

 何故ならば、これは③に続くのだが、その方のお子さんは、私の息子と違い、全く支援を受けずに幼稚園と小学校生活を送ったからだ。健常児に合わせて作られている環境で、障害児が支援を受けずに生活する事は過酷だ。発達障害児には出来ない事が沢山あるが、それは障害故であって、本人のやる気の無さではない。そういう事だけでも周囲に分かってもらえるか、もらえないか、で大きな違いがある。また、支援や配慮のある環境と、無い環境では、本人にとって居心地の良さは大きく違ってくる。いずれにしても、障害児が普通の学校に通うという事は、本当に過酷な事なのだ。本人にとって、とてもしんどい辛い事なのだが、それでも、理解と配慮があれば、そのしんどさは軽減するし、無ければ倍増する。そのしんどさが子供の心の許容量を超えてしまうと、二次障害を起こす危険すらある。

 二次障害には様々あるが、大人の精神病・神経症、と言われるようなものだ。例えば、統合失調症強迫性障害、鬱など。そうなると、薬を飲まざるをえなくなる。

 また、理解や支援のない環境に、無理やり子供を通わせる為に、薬を飲まさざるをえない場合もある。薬を飲まないと落ち着きがなくなってしまい、周囲に迷惑をかけてしまうから、というようなケース。でも、障害をカミングアウトしていれば、例えば加配人員を付けてもらえる場合があり、落ち着きがなくなれば教室から外に出してもらい、自由に動いて発散して落ちつかせてもらえる。何か本人にしか分からない理由があって落ち着かなくなったのであり、外に出て自由に動ければいずれ落ち着きを取り戻すのに、加配の人員がいなければ、それは無理だし、教師に理解がなければ強く叱られてしまう。障害だから、叱られて治るものではないのに。教師から親に連絡が行き、落ち着かないから他の子が迷惑する、と言われて、親は落ち着かせる為に薬を飲ませる事になる。障害をカミングアウトしていれば、必要な理解と支援をもらえていれば、飲む必要のない薬だ。

 一方的に私が正しい、というような書き方をしてしまったが、その方には、その方なりのお考えがあって、そういう子育てをされたのだと思う。その方は「障害を伝えなくても、必要な支援がもらえる社会になるべきだ」と仰っていた。その方は、「私の息子が薬をのまねばならなかったのは、『普通』を押し付けてくる学校のせいだ」と考えておられた。「学校が、個々の生徒の個性を尊重してくれれば、息子に薬を飲ませて大人しくさせる必要はなかったのだ。息子は学校の被害者だ」と。

 お気持ちは理解できたが、私にはそれは困難だろうと思える。支援には経費がかかる。障害であると伝えるからこそ、経費をかけてもらえる。障害を伝えなくても支援してほしい、というのは、現実問題、難しいと私は思う。支援というのは、優しさとか親切心とかいう漠然としたものではなく、ハッキリとした形を持ったシステムの事だ。障害をカミングアウトすれば、そのシステムが利用できる。しなければ利用できない。

 人は案外優しいと私も知っている。みんなそれぞれに親切心も持っておられる。でも、それだけに頼って障害児(者)が生きていく事は難しい。周囲が親切にしてくれさえすれば、無事に生きていけるのに、という話ではないと思うのだ。障害児(者)が生きて行くには、周囲の方々の親切心だけでは乗り越えられない大きな壁がある、と私は思う。