書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

足のつかないプールでは泳げない

 今日は、発達障害の息子の事について書こうと思う。

 担当医から常々言われている言葉に「発達障害者は心が弱い」という事がある。また同じような頻度で言われる言葉に「発達障害者は見えないものは分からない」や「未来予測が出来ない」というのもある。

 これらは全て事実だと思う。これらを総括するイメージとして、ある日こんなものが頭に浮かんだ。

 比喩的に言うと。

 息子は24m泳げるのだが、それは底に足がつくと分かっているプールで、という条件がつくのだ。息子は能力的には泳げるが、足のつかないプールでは泳げないのだ。泳いでいる間に、万が一立ちたくなった時に、足がつかないと怖いから。

 いや、泳げるのだから大丈夫だろうと健常者なら思う。万が一足がつるなどして泳ぎを中断する事になっても、手を振るなりして周囲の人に助けてもらえば大丈夫だ。でも息子にはそうは思えない。

 息子は、足のつくと分かっているプールでしか、泳げない。

 つまり、自分が気になる全ての事において、自分の望み通りになると予め分かっていないと生きて行けない。少しでも自分の望み通りにならない可能性がある場合は、怒り狂いキレ散らかす。耐えられないからだ。

 なので私がすべき事は、息子が気になる全ての事において、彼の望み通りになると予め断言する事しかない。絶対に無理だと分かっている事や、どうなるか分からない事でも、全て「絶対あなたの思い通りになるから大丈夫」と息子に対して確約せねばならない。息子は私にそれを言わせない限り、我慢が出来ないからだ。

 先に少しでも不安要素があると思う事が、息子には耐えられないのだ。

 しかし、全てが息子の思い通りになど、なるはずがない。早晩、嘘はバレる。過去に何度も私は難局に直面した。場合によってはうまくごまかして切り抜けられた事もあったが、大抵はキレ散らかされ、息子にとって大きなトラウマとなり、更に神経質さに拍車をかける事となった。

 今も様々な事で、息子は私に「そのプールは足がつく」と確約させている。私には何の根拠もない。ただ言わされて言っているだけなのだが、息子には自信満々に「絶対に大丈夫」だと言っている。ものすごいストレスだ。常に心に重しがある感じがする。

 世の中には極度にギャンブル好きな人がいるが、ぜひとも私の立場と入れ替わって欲しい。私がやっている事は、究極のギャンブルだと思う。私はギャンブルなど大嫌いなのに。私ほど、安心安全地に足ついた生き方を好む人間はいないと思うほどだ。

 だが、その私が、嘘とハッタリをかまさないと育てられない子供を産んだという皮肉。よほど前世で悪事を働いたに違いない。

 

 今日書いた事は愚痴でもなんでもなく、むしろ備忘録だと自分では思っている。というのも、息子に対して、そのプールは足がつくよと言ってやらねばならない事を、私は時々忘れてしまうから。つい、事実を言ってしまう時があるから。事実を言うほうが、後で追い詰められないので、自分がラクなのだ。

 ああ、事実を言いたい。そういう思いにかられ、プールに足がつくと言わねばならない事を忘れてしまう。足がつかないよ、とまでは言わないまでも、足がつくと確約する事から逃げようとしてしまう。事実は甘美だから。

 でも、私が巧妙に逃げようとすると、息子は即座に察し、何度も繰り返し同じ質問をしてくる。そのプールには本当に絶対に足がつく、と私が答えない限り、その質問は終わらない。しかも一度私が逃げようとしたせいで、息子の中に猜疑心が生じ、普通に確約したぐらいでは息子は納得できなくなってしまっている。何かしらもっともらしい根拠を10も20もでっち上げなければ、息子は納得しなくなっている。

 こうなるともう後悔しかない。

 どうせこうなるのだから、最初の最初に、そのプールは足がつく、と嘘を言うほうがいいのだ。どうせ結局嘘をつかされるのだから。

 

 救いがあるとすれば。

 底に足がつかないプールであっても、息子が泳ぎ続けている限り、息子は足がつかない事には気づかない、という事だ。そして、息子は、足がつくと信じていれば、泳げるのだ。だから、信じさせる事、足がつくと思い込ませる事が、息子を育てる唯一の方法なのだ。

 息子はいつか、足がつかないかもしれないと思うプールでも、泳げるようになってくれるだろうか。そこまで心が強くなってくれるだろうか。

 発達障害者に対しては、全て逆、逆で対応せねばならないので、息子に心を強くしてもらいたいならば、私がすべき事は、徹底的に息子の心の弱さをサポートする事だ。支え続ける事。支えてもらっていれば、息子は心を強くする余裕が出てくるからだ。外から強制されても息子の心は絶対に強くならない。むしろ弱まる。自分で自分自身の心を強くしようと思わない限り、息子の心は強くならない。そして、息子が自分の心を強くしようと思えるのは、そのプールが足がつくと安心出来ている時だけなのだ。

 足がつくと安心出来ていれば、息子は泳ぎ続ける事が出来る。泳ぎ続ける事で、少しづつ泳力が増していく。そうしていればいつか、足がつかなくても気になるないほど、自分が泳げるという事に、気づく日がくるかもしれない。

 そのプールは足がつくと確信できないと、息子は泳ぐ事ができない。そうなると泳力はつかない。一生泳げなくなる。だから私は、嘘をつき続けるしかない。