書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

いちからの子育て記録4

 子育て記録を引き続き書いています。今回は、障害が分かる二歳半までの、息子の体の発達具合について、書きます。 

 生後半年で、寝返りを打てるようになっていましたが、八か月になっても一人で座る事はまだ難しかったです。ドーナツの一部を切り取ったような「お座り練習クッション」を使って、クッションにもたれさせるようにして、座らせていました。背中と左右にクッションの壁があるので、倒れないですむのです。そのクッションがあれば座れるようになりましたが、一人では倒れてしまいます。クッションに座らせていても、ずるずるとお尻が前にずれていく感じでした。頭の重さを体でしっかり支えられないというか。ベビーカーは使えませんでした。

 1歳になっても立てなかったので、立つ練習を始め、1歳二か月くらいでやっと立てるようになり、そこからまた両手を持って歩く練習をし、1歳半でやっと、歩けるようになりました。早いお子さんだと、10か月くらいで歩き出すので、遅かった~やっと歩いた~という感じでした。

 立つ練習、歩く練習、と言っても、無理やりな事はしませんでした。ちょっと腰のほうを持って立たせてみて、本人が足を踏ん張る様子が見えたら少し支え続けるとか、歩くほうも、本人がやる気がありそうな時に、両手を引いて少し歩かせてみるとか、そんな感じでした。

 何故練習させたかというと、いずれ後にも書きますが、息子の最大の特徴が「大人のマネをしない、模倣をしない」という事で、つまり、大人が立っているから僕も立ちたい、とは思わないようでした。だから、何も刺激を与えなければ、ただぼんやりと座っていて、移動はずりバイで事足りる。永遠に立ち上がらない感じだったのです。それで、「立ってみよう」「歩いてみよう」と、負担にならない程度にゆるやかに促していった、という感じでした。

 未就園児の為の園庭解放や、公園で、他のお母さん方が、「子供のハイハイって可愛いよね。あっという間に歩き出しちゃうから、ハイハイ時期って貴重だと思うわ。すぐにビデオに撮っておかないと、歩き出したらしなくなるから」と話されているのを聞いて、普通はそうなんだなあ、、、と思いました。私が息子を立たせる練習をしたり、歩かせる練習をしていると、「何してるの?」とか「そんな事(歩く練習とか)、したことないわ~」とか、よく言われました。

 この時期はでもまだ、発達障害児だと分かっていなかったので、私は息子のことを、ただ単に発達が遅めの子供なのだと思っていました。遅くても、この子のペースでしっかり育ってくれたらいい、と思っていて、発達を早める為に何かをさせる、という事は極力控えていました。自然の子供の発達を待つ、というのが一番いいと思っていたからです。

 でも、それはなかなか大変な事でした。義母からは「もう立ったか、歩いたか」としょっちゅう問い合わせの電話が入ったからです。義母も、発達が遅いのが心配なのだろうと分かってはいたので、本当なら「はい!立ちました!歩きました!」と報告したいところなのですが、現実の息子は、ずりバイ移動なわけで。全然体の準備ができていないのに、発達を急かすような事は、私はしたくなかったのです。義母には「すみません、まだです」と毎回答えて、「まだなの、どうしてかしらねえ」と言われ、返事に詰まる、という感じでした。義母からのこの電話攻撃は、障害認定がおりてからは、ピタッとなくなりました。

 生後三か月頃から、日課として、一日2回、午前と午後に、お散歩に出る事にしていました。歩けるまではベビーカーに乗せて、公園に着いたらビニールシートを広げて座らせたり、砂場に座らせて砂で遊ばせたりしていました。立てるようになってからは、砂場のフェンスとか、ジャングルジムとかをつかまらせて立たせ、伝い歩きの練習をしたりしました。

 歩けるようになってからは、毎日歩きで散歩に行きました。雨だろうが何だろうが、毎日散歩に行きました。息子自身が、お散歩が大好きで、喜んで歩きたがったからです(雨の日は、傘を持つと危ないので、二人ともレインコートを着てフードをかぶり、その上からレインハットをかぶって、長靴で、といういでたちで行きました)。

 ただ、ここで困った問題が起きてきました。というのも、息子は手を繋がないのです。一人で、自由に歩きたがる。それも、囲われた安全な公園内ではなく、一般の歩道を歩きたがる。というか、一般の歩道しか歩かないのです。公園内では歩きたがらず、抱っこです。

 息子の散歩、というのは、一般の歩道を、手もつながず、一人で自由に歩くのです。手を繋がれると嫌がって、大泣きして一歩も歩きません。なので私は、一般道を一人で歩く息子の横を、息子から一瞬も目を離さず、カニ歩きのようにピタッとついて、歩きました。ちょっとでも何かあったら、一秒で息子を捕まえられるように、片手を息子の襟足の後ろに宙に浮かせるようにして置いて。息子は、自分が行きたい道を、ガンガン歩き、歩き、歩き、歩き疲れるまで歩いた末に、パタッと立ち止まり、止まったらもう、一歩も歩きません。息子は、帰り道の為に、体力を温存しておくことなど、考えません。だから、帰り道は、重い彼の体を抱え、私は毎日、歩いて家まで戻りました。

 生後半年ごろから、息子は、毎晩、夜中の2時頃、突然泣き出し、1時間程は何をやっても泣き止まない、という、頑固な夜泣きで、私を疲弊させていました。夜中の2時というと、ちょうど私自身が深い眠りに入ったタイミングで、毎晩毎晩、そこで起こされ、1時間息子を抱いてあやし続け、やっと息子が寝ても、私のほうはなかなか再び眠りに着けず、うつらうつらしているうちに夜が明ける、という感じで。それが一年間続きました。

 あやさなくてもいいじゃない、放っておけば、と仰る方がおられると思いますが、発達障害児の「泣き」というのはすさまじく、放っておく事などできなかったです。こちらを責めたてるような、「今すぐどうにかしろ!!!!」とこちらの精神に刃を突き付けてくるような、激しい泣き声、癇に障る泣き方、そのボリュームと、一向に弱っていかない激しさ。放っておくことは無理でした。抱いて歩き回りあやす事で、少しづつ少しづつ泣きがトーンダウンしていき、一時間を過ぎるころ、再び寝てくれる。あやさず放っておいたらずっと泣き続け、ひきつけを起こすような感じになり息子の顔が真っ青になってしまい、怖くなり、一回だけやってみてこりました。

 夫はこの夜泣きに対して完全無視をきめこんで別室で寝ていました(なので頼れませんでした)。と言うか、夫は、息子の発達障害特有の「泣き」が始まると、さっさと消えてしまうので頼れないのです。私の体調がどんなに悪くても、あやすのは私しかいないので、私は子供を抱き続けるしかない。汚い話で申し訳ありませんが、私がお腹を壊して下痢が止まらなかった時も、夫は起きてくれなかったので、息子を下におろすとひきつけを起こして危ないしで、仕方なく泣き叫ぶ息子を抱いたまま、トイレに入り便器に座っていた事もあります。こういう状況になると、人は、泣きたいを通り超えて絶望も通り超えて、無の境地になるようです。辛いとか苦しいとか、感じる心がなくなっていました。

 幸いなことに、歩けるようになり、昼間、せっせと歩かせるようになると、疲れからか、パタッとこの「夜泣き」がなくなりました。夜、しっかり寝てくれるようになっただけで、私の負担は大きく軽減しました。

 また、毎日しっかり歩く事で、息子は情緒的にも安定してきました。息子は、発達障害児には珍しく、情緒の安定した子でしたが、それでも、健常児よりははるかに「難しい」子でした。自分の「つもり」があって、少しでも外れると、怒る泣く。その傾向が、しっかり毎日歩く事で、軽減したのです。

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