書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

禁止令と拮抗禁止令

 心理学をかじっていると、耳にする言葉に「禁止令と拮抗禁止令」があります。細かい説明はこのブログがとても分かりやすかったので、勝手ながら貼らせて頂きます↓。

http://blog.goo.ne.jp/green-garden512/e/26382028fafcc7444e26e98148729c4a

 「禁止令と拮抗禁止令」とは、子供に対して、親がやりがちなNGをまとめたもの、と私は考えています。禁止令は「〇〇するな」であり、拮抗禁止令は「〇〇しろ」。

 例えば、子供がグズグズと面倒くさい理屈を繰り出して反抗を言い続ける時、親はつい「あんたは子供なんだから黙って親の言う事を聞けばいいのよ」と、言いがちだけれど、これは子供に対して「考えるな」という禁止令になるわけです。

 また、例えば、子供が友達関係の中で思いやりのない事をしていたら、親はつい「人には親切にしてあげなさい」と言いがちだけれど、これは子供に対して「他人を優先しろ」という拮抗禁止令になります。拮抗禁止令も禁止令の一種なので、「他人を優先しろ」→「自分を優先するな」になります。

 拮抗禁止令は、表面的には指示令だけれど、裏を返せば禁止令になるので、結局は全部禁止令だと思っておいたら間違いない。

 この禁止令と拮抗禁止令について私が知ったのは最近なのですが、私は子育てにおいて、これらの禁止令をほぼ言わずに来ました。多分人生で言ったのは数回だと思います。私は、息子に対して、無意識に、「禁止用語」を言わずに育てたのだ、という事に、最近気が付きました。

 何故そうしたのかと言えば、私自身が、禁止されるのが嫌だったから、に他なりません。禁止されるのが好きな人なんて、いませんよね。でも、私達は親からも周囲からも様々な禁止をされて育ちますよね。私はそれが、単純に、嫌だったので、自分の子供にはしなかったのです。

 その結果どうなったかというと、息子は別に我儘にもなっていないし、自分勝手にもなっていないように、今のところは思います。ただ、彼は発達障害なので、発達障害独特の性格の癖があり、それが我儘に見えたり自己中に見えたりする事があります。とてつもなく不安感が強いので、指示待ちの部分も多いです。でも彼が、根っから我儘だとか自己中だとか、いうわけではなく、むしろ根っこはとても自律的で、利他意識が強いし、不安感の強さからくる指示待ち癖は、障害故だと思います。

 子育て自慢が書きたかったわけではなく、むやみに子供に禁止令を出さなくても、子供はちゃんと自律的で利他意識を持てるようになるんじゃないかと、思う、という事が書きたかったのです。

 上で紹介したブロガーさんは、

禁止令(否定) → ドライバー(駆り立てるもの) → ストッパー(制止するもの) → ブレーマー(責任転嫁) → ディスペア(絶望・落胆)

と言う風に、紹介されていました。禁止令の行く着く先は絶望だとしたら。よかれと思って子供に出している禁止令が、子供の為にならないどころか、子供を不幸にするのなら、止めたほうがいいですよね。

 自分が「自由に生きたいなあ」と思うなら、まず子供に「自由にしたいように生きていればいいよ」と言ってあげればいいし、言うだけじゃなく、具体的に子供がそう生きれるように支援してあげればいいと思うんですよね。そしたら、誰かが自由に生きる為には、それを支える人の多大な自己犠牲がある、という事が分かる。誰かを自由に生きさせてやる事が、現実問題どれだけ難しいか、という事が分かる。だったら、自分が思うがままに自由に生きられないのも仕方ない、と得心がいくんじゃないか、と思ったりもします。

 逆に言えば、誰かに禁止事項を押し付ければ押し付けるほど、周囲は自己犠牲をせずにすみ、その「誰か」を支える必要量を減らす事ができるのではないか、と私は思います。その為、禁止令は便利使いされてしまいがちなのだと思います。でも、上に貼らせて頂いたブログにも書かれているように、禁止令を出しすぎる事は良くないわけで、必要最小限にしておくのが安全だと思います。これは、子供に対してだけでなく、自分以外の他者全般に対して、言える事だと思います。