書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

村上龍さんの訃報

 作家の村上龍さんが亡くなった事はかなりショックだった。

 直に御姿を見に行った事もある。大学の時だが、京大に話しに来てくれたのだ。京大准教授の浅田彰氏と友達という関係で来たようだ。浅田氏の使っている普通の大きさの教室で、普通に対談された。事前告知もあまりなかったにも関わらず、教室は押すな押すなの大盛況だったが、私はかなり早くに行ったので、前の方の席に座れ、目の前で「あの村上龍」が話すのを見れた。

 動作が大袈裟というわけでもなく、声が大きいわけでもない。特別顔立ちが整っているわけでもなく、背が高いわけでもない。生真面目に話すわけでもなく、かといっておちゃらけて話すわけでもない。ちょうどいい塩梅で和やかな口調の中にピリッとした空気感を醸しつつ話す人だった。そして何よりものすごいオーラだった。

 作家なのに、芸能人みたいなオーラが出ている人なんだ、と驚いた。

 これは最近知ったのだが、村上龍さんは、「僕は、人の自意識をぶっ飛ばすようなものを書きたいと思って書いている」と語っておられた。

 ああなるほど、と思った。私が村上龍が好きなのも、そのせいなのだと思う。読み始めた瞬間から、自分についてあれこれ考えたり上にあげたり下にさげたり満足したり不満に感じたりどうでもいい事にこだわったり、要するに自意識だが、そういう気持ちの悪い自意識が、読み始めた瞬間にどこかへ消え失せるのだ。

 自意識というのはエゴなのだ。人は村上龍を読む事で、エゴを手放す事ができる。少なくとも読んでいる間だけでも、短時間でもエゴから解放されることは、人の精神に良い効果がある。だから売れるのだ。デビュー作は100万部売れた。

 どうやったらそれができるのかと言うと、それは天才のなせる業としか言いようがなく、筋書きとか文体とかいうテクニック的な事ではないと思う。村上龍の本質がそうさせるのだと思う。その本質とは、常に真実を知りたいという気持ちと同時に、常に周囲を楽しませたいという気持ち、その両方を持っているという事だと思う。

 デビュー作で芥川賞を獲ったという伝説は、いや村上龍なら当たり前だろうと思う。 

 順調のように見えたが失敗も多かった。キューバを愛し、キューバの発展を願って多くの活動をされたが、あまり成功しなかった。映画も作られたが、小説ほどのヒットにはならなかった。

 文章活動以外だと「カンブリア宮殿」が印象に残る。お亡くなりになる1年前まで番組を続けられていた。活舌も悪くなっていたぐらいだから、色々体調も芳しくない中で、それでも続けたかったのだろう。苦しさを外には出さない人だった。

 友人として有名なのは、先に書いた浅田彰さん以外だと、音楽家の坂本龍一さんやサッカーの中田英寿さんだろうか。いずれの方々も独特の才能と個性を持ち、本質の部分で村上龍さんと共通していると思う。 

 不透明さが増すこれからこそ、村上龍さんにいて欲しかった。彼は今のAI時代を、混沌とした戦争風景を、どう切り取りどう語るだろうか。

 心よりご冥福をお祈りいたします。

村上龍 - Wikipedia