書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

失敗だった神社参拝について。

 神社参拝を趣味にしている私ですが、先日、初めて、大失敗な参拝をしてしまいました。

 どこが失敗だったかというと、行きに身内から携帯に電話がありトラブルに巻き込まれた事帰り道に事故が起こった事帰ってから体調を崩した事(最初喉風邪だと思っていて、喉の痛みは早々に治ったものの、その後激しい倦怠感が5日程続き不安でした。この風邪については別途書くかも)です。

 今までは、神社参拝の行き帰りはとてもスムーズで何の問題もなかったし、帰ってから体調はむしろ良くなる事が多く、悪くなった事はありません。なので、今回の参拝は失敗だったのだ、と思います。

 失敗の原因は何か?については、これは、ただ一つだけ思い当たる事があり、多分これだと思います。

 行くべき日では無かった。その日に行ってはいけなかった。という事です。

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 その日は平日でしたが、息子の学校の振り替え休日で、息子は学校が休みでした。実は息子は、その日を含め、学校が三連休でした。一日目は何かの振替で休み、二日目は苦手な行事がありどうしても行きたくないという事で当日になって休ませる事を決めました、そして三日目は行事の振り替え休日で休みでした。

 二日目の日、行事を休んでしまった息子は、とても精神的にしんどそうでした。学校を休んだので、フラフラ外出する事もできず、一日家にいて鬱々としていました。

 外は快晴。本当にいいお天気で、暑くもなく寒くもなく、まさに行楽日和。それも平日ですから、どこへ行っても混みあう事なく快適だろうと思われました。二日目も三日目もそんな日和でした。

 秋になってから、私は行きたかった神社仏閣に勇んで出かけていました。週に2~3か所はまわっていました。その週も、京都に行く予定をたてていました。

 でも、息子のお休みで、一旦は京都行きを断念しました。特に二日目は、息子が休んだので、担任の先生から電話が入るはずで、私が留守にしているわけにはいかないからです。

 でも、翌三日目は、学校自体のお休みの日です。この日なら、出かけても良いのではないか、と私は都合よく考えました。

 三日目も息子の様子は、相変わらず、行事を休んでしまった事に対する精神的なわだかまりがぬぐえないようで、沈んだ様子でした。何をしてやるわけでもないですが、私が家にいて、なんとなく話しかけたり、ご飯を出してやったりする事で、息子は少しは気がラクになるだろうという事は、長年の経験で分かっていました。

 でも。私はもう、鬱々している息子の側にいるのに、うんざりしていました。京都に行きたかったのです。それで、息子を家に残し、一人で京都の神社へ参拝に出かけたのでした。一応息子には、一緒に来るか尋ねたのですが、「行かない」と言うので一人で出かけました。

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 そうしましたら、前述したように、行き道のJRの中で身内から電話が入り、〇〇と××がトラぶっていて、関係ないのに私が巻き込まれていた事が分かり、駅に着くや否や、神社参拝そっちのけで、事態収拾にかかりっきりになりました。正確には、携帯で各所と連絡をとって、2時間ほどあれやこれやと頭を悩ませる事に。

 やっとそれが一段落ついて、目当ての神社に行きましたが、心が嫌な事で興奮していて、いつもの神社の爽やかさが感じられませんでした。無理やり、ああ神社って素敵だわ、気持ちいいわ、と思おうとしましたが、邪念に邪魔されてうまくいきません。それでも、当初の計画で2つ回ろうと思っていたので、もう1つのほうも回ったのですが、ものすごく快晴の日だったのに、私が神社に着いた後、だんだん雲が増え、スッキリとした天気ではなくなりました。

 これはもう、今日は駄目だと思い、がっかりと京都を後にして、最寄りの阪急京都線に、大阪を目指して乗車しました。そうしたら、どこかの駅で人身事故が発生したとの事で、阪急全線が止まってしまいました。私が乗っている電車は、京都寄りの小さな駅で止まりました。一度も降りた事のない駅で、外を見ても知らない景色、しかも明らかに田舎っぽい景色。それでも駅のアナウンスを聞く限り、いつ復旧するか分からない、相当時間がかかります、という事だったので、とりあえず電車を降りました。タクシーを拾って、JRのどこかの駅に行って、JRで帰ろうと思ったのです。

 ところが。駅の外に出て見ると、そこには長蛇のタクシー待ちの列。一応並んでみましたが、タクシーは一台も来ません。常時タクシーが止まっているような、大きな駅ではないのです。タクシーが使えない、電車も止まっている、となると、後は歩くかバスですが、道が全く分からないので徒歩では迷うだけだと思い、バス停に向かいました。少し待ったら、JR嵯峨線の駅名のバスが来たので、それに乗りました。

 ところがこのバスが、JRの駅につくまでに、40分も山道を走ったのです。もうゲロゲロです。疲れ果てました。それから、嵯峨線でJR京都駅に30分かけて戻りました(嵐山とか通る線です)。やっと仕切り直しで京都に着きましたが、激混みの京都駅で、大阪行の特急に乗り、通勤列車のような混み具合の中、大阪まで帰って来ました(阪急が全線止まったので、阪急の客がJRに殺到した為)。時間は倍以上かかり、気力体力は10倍消耗しました。

 そして、家に帰ってからは風邪をひき、2週間ほどしんどい思いをしました。

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 今回のことで、私はつくづく思いました。

 家族の都合も考えず、自分の我儘を通して、無理やり神社仏閣に参拝すると、ご利益どころか、逆にお叱りを受けるのだ、と。

 本当はその日は、私は、心が疲れている息子の側にいて、しっかりフォローしてあげるべきだったのです。私は、明るく楽しい時の息子は大好きですが、鬱々した時の息子からは逃げたい欲求があるので、つい逃げてしまうのです。それが、駄目でした。駄目だと分かっていたのですが、神社仏閣参拝は良い事だし、こういう目的なら大丈夫かな、と甘えた事を考えていました。でも、やっぱりダメでした。むしろ、余計に駄目でした。

 今後は、十分注意しようと、心に誓っています。こういう事がなければ、私はどんどんご都合主義をエスカレートさせていたでしよう。気付かせて頂き有難かったと今は思っています。

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 救いだったのは、翌日から通常授業に戻った高校に、息子はまた元気よく通ってくれた事です。今までと変わらず上機嫌で、それだけは胸をなでおろしました。やはり、行事がどうしても苦手なようですが、行事以外であれば何の問題もないようです。「高校楽しい?」と聞くと、「楽しい」と答えてくれるので(発達障害なので嘘はつけません)、良かった、悪影響はない、とホッとしています。

 まあ、悪いのは私なので、息子にまで害が行くはずはないのですが。それでも少し心配していたので、本当に良かったです。

 

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