書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

「こじらせ」ていたから楽しかった

 前回、息子が「こじらせは悪でしかない」と気づき、やめる事に決めた話を書いた。

 これには続きがあり、私は驚いたのだが、息子自身は「こじらせていた過去の日々」は楽しかったと言うのだ。

 何か1つの事だけにこだわり、1日中年がら年中何年もその事だけを考え続けている事を「こじらせ」と私や息子は呼んでいるのだが。

 息子は、こじらせている間は、他の事が気にならないから、楽しかったと言う。

 対して今は、こじらせをやめたので、全ての周囲の事が均等に目に入ってくるそうだ。それで、いちいち苦しんだり気になったりしてしんどい、と言うのだ。

 

 確かに、過去、息子は周囲の事をあまり気にしない子だったし、他人と自分を比べるという事もなかった。嫌な事を言われたり、仲間外れにされても、あまりピンとこないというか。とことんマイペースだった。だからいつも朗らかで明るかった。

 あれは、「こじらせ」ていたせいだったのか。。

 

 でも、じゃあまた何か1つにこだわる事にすると、それが形になる時期が来た時に、長年こじらせていたせいで、正しい判断が出来なくなる、という経験を過去何度も繰り返してきた。

 それで、息子は、どれだけしんどくても、「こじらせ」には戻らないと決めているそうだ。

 

 こじらせていた期間は、実は息子は楽しんでいたのだという事を初めて知り(苦しいのだと思っていた)、言われてみればそれはそうだろうなと思う。何故なら、一人でこじらせていたのではなく、常に私を巻き込み、質問し続け、自分が欲しい答えをもらい続けていたのだから。それは楽しかっただろう。

 やめる決心がついて良かった。

 

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