書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

入院中の母

 骨折した母の、手術の予定が決まったそうです。来週の月曜日になるとの事。肩と手の両方を手術するので、計5時間かかるとか。長いなあ。

 入院中の母とは、ラインや電話をしています。長くは喋れないし、ラインを打つのも大変そうなので、本当に用件だけ。

 私はこのブログで、母のことをとても悪く書いて来ましたが、やはり親ですから、たった一人で入院しているのかと思うと、かわいそうでなりません。片手が使えないと色々不自由だろうなあ。お風呂はどうしているのだろう。母は便秘体質なので、それも心配です。

 母の手のギブスが大きく重かったので、別の軽いタイプのものに、先生が変えてくれたそうです。入院している病院は、とても親切で良い人(医師や看護婦さん)が多いとのこと。それを聞くと、少しだけ安心します。

 母も83歳ですから、いつまでも生きていてくれるわけではありません。そういう私だって56歳、老い先短いのです。母が死んでしまったらと思うと、寂しさに襲われます。あんなに苦手だった人なのに。それでもやはり、元気で生きていて欲しいのです。

 私が生まれた時からを、全部知っている人。ずっと共に人生を生きてきた人。その人がいなくなる事は、私の人生の半分がなくなってしまうような心細さを感じます。

 

 母の手術の説明や予定、心配事項等は、病院から呼ばれて姉が一緒に聞いたそうです。(私は足の骨折があるので、姉が登録していたので)。

 姉は、今後の予定など色々決まったのに、そういう事は一切私に連絡してくれません。心配して私が母にラインし、母が電話してくれて、やっと状況が分かる、という感じ。

 以前の姉なら、「病院に行った。今後の予定はこうなる」ぐらいは、連絡してくれたはずです。やはり姉は変わってしまったんだなあと悲しくなりました。姉はもう、他人よりも遠い、冷たい存在になってしまいました。

 先日、姉が母の入院手続きに付き添って行った日にだけ、姉と電話で話しましたが、その時も、何ていうかこう、私に説明するのが面倒くさい・うっとおしい、という苛立ちと投げやりさを感じました。私が「足が折れてて、あなたに全てお願いしてしまって申し訳ない」的な事を言いかけたら、「ああ、もう、うっとおしいから止めて」と乱暴に遮られ、妹というよりは、何かの敵(かたき)のような扱いでした。

 もう姉には何も聞けないな、と思いました。というか、私にはもう姉はいないし、母が死んだら、私の幼少期は消えるな、と思いました。

 私には夫と息子がいて、気を使いながら生活してはいても、気を使っているからこそ平穏で楽しい家族で、それに感謝して生きていこうと思います。

 

 母のことは、もっと大事にしてあげようと思いました。長話に付き合うのがしんどいとか、冷たい事を考えるのは止めようと思います。

 

 母の手術がうまくいきますように。

 手術後も、一人で着替えができるようになるまでは、入院しているそうです。おそらく年内いっぱいは、入院する事になるとのこと。どうせ退院しても、片手で家事は大変ですし、病院にいてくれたほうが私も安心です。テレビもトイレもついた個室だそうで、上げ膳据え膳で、年末までゆっくりして過ごして欲しいです。

 

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