書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

実家の母の様子(追記あり)

 いつまた県移動できなくなるか分からない状況なので、行けるうちにと、また神戸の実家に行って来ました。83歳の母が、一人暮らしをしているので。

 と言っても、母は元気なのです。頭も体もしっかりしています。今回は、息子も行きたいというので連れて行きました。お昼に、実家近くのレストランで待ち合わせて、ランチを一緒に食べました(母のおごり)。サラダが有名な店なので、サラダと、後、私はナポリタン、息子はハンバーグとステーキのセット、母はエビフライ4尾(単品でオーダー)。

 結局、母はエビを2尾しか食べれなかったので、息子が2尾食べました。めちゃくちゃ立派なエビフライだったので、私ならそれだけでお腹一杯するだろう。母が2尾しか食べれなかったのも分かります。息子の食欲、、、。

 私がナポリタンを食べようとしたら、母が少し頂戴と言うので、母のエビフライのお皿に入れてあげたのですが。取り皿ならお皿ごと私のほうへ持って来れるので入れやすいのですが、エビフライの大皿なので動かせず、こちらのナポリタンの皿から、母の大皿へ、パスタをすくって入れるという作業をしまして、見事にケチャップが私の白いブラウスに飛び散りました。

 一瞬遅れて、店員さんが、胸にかける用の白い大きなナプキンを持って、飛んで来てくれましたが、時すでに遅し。その日初めて着たブラウスだったのに。。私にとっては、ナポリタンあるあるです。そもそも、パスタって取り分けにくくないですか?私は、家でナポリタンを作った時も、一人分づつしか作らないんです。2人分一度に作ったら、フライパンから二つの皿に入れ分けないといけなくて、それが難しいので。麺をすくって、どれだけ上に引き上げても、まだ麺のはしっこがフライパンの中で、無理やり皿に入れると、皿からフライパンまで麺がだら~っとつながるので、そのへんが汚れる。。。きれに取り分けにくいんですよね。

 というどうでもいい話は置いておいて。

 息子は食後、「神社へ行ってくる」と言って、地元の神社(そこそこ山の上)に行ってしまい、私と母とで、てくてく歩いて、実家に戻りました。だいたい20分ぐらい。少し傾斜のある上り坂もあるのですが、母はちゃんと歩けていて、安心しました。タクシーに乗っても良かったのですが、途中のお店で買いたいものがあったのと、道中の桜が綺麗だったので。

 ただ、荷物が重かった。というのも、母は、レストランからの帰りに、息子も一緒に歩くと思っていたので、かさばる買い物(トイレットペーパーとか)していたんです。レストランのある地域には、洒落た店が多いのです。「持って運んでくれる人がいる時じゃないと買えないから」と、食事前に買っていたようです。でも息子がいないので、それを運ぶのは私の役目となったわけです。

 実家のすぐ前に小さなスーパーがあるので、そこで買えばいいのに、母には物に対するこだわりがあって(例えばトイレットペーパーならこの品じゃないと駄目、みたいな)、近所のスーパーでは賄えないんですよね。83歳にもなって、まだそのこだわりを維持しているのは、立派と言うか、なんというか。私は、トイレットペーパーなど、どのブランドでも平気だけど。しいて言えば、密に巻いていて長持ちするやつがいいかなあ、ぐらい。買い物頻度を下げたいから。母はもう、色、柄、肌触り、香り、全てにこだわります。

 

 実家に着いて、お茶を飲んでおしゃべりしたり、切れていた洗面所の電球をつけたりしていたら、息子が帰って来ました。おみくじを引いたら、大吉だったそうで、見せてくれました。「神社、誰もいなかった~」と言っていました。まあ、山の上ですからね。みんな、川沿いの桜を見に行っているのでしょう。

 母いわく、息子はすっかり大人になったそうで、「安心だわ」と言っていました。いつも傍にいる私には、なかなか成長を感じられないのですが、母はたまにしか会わないので、分かるようです。

 

 みんなで写真を撮ったら、母が「私がお婆さんにうつっているから、撮り直して」と何度も言い、何度撮り直しても同じで、母の機嫌が少し悪くなりました。でも、55歳の私がお婆さんなのだから、83歳の母がお婆さんにうつるのは当たり前だと思うのだけれど、、。母の中では、自分はいつまでも、30歳ぐらいの綺麗なご婦人なのでしょう。それも由(よし)。

 帰りには、大量の冷凍の食品を渡され、めちゃくちゃ重いのをひぎずるようにして、持って帰りました。車じゃなくて、電車なのに、、。息子は、帰りにまた一人でぶらぶらあちこち行きたいと言うので、息子には持たせられなくて。私一人で持って帰ったのです。実家に帰る前には、「実家まわりの桜を見て来たいな」と思っていたのに、荷物が重くて、結局ほとんど見れず。ああ残念。

 実家に行くと、私はいつも、「荷物持ち」兼「電球取り換え」要員です。実家は、そこそこ景観の良い場所にあるのですが、行きも帰りも荷物を持たされるので、せっかくの景観を楽しむ余裕がないんですよね。色々食べ物を貰っておいて、不服を言うのもなんですが。

 でも、まあ、母が一人で元気に暮らしてくれていて、有難いです。早くコロナが終わって、また「お稽古番長」な日々が復活できるといいのですが。今は何もかもがお休みで暇なのだそう。かわいそうに。

 ではまた~。

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 追記:(若一神社に興味のある方へ)

 最近、このブログの「若一神社」の記事へのアクセス数が増えている事に気が付きました。桜井さんが、「若一神社には座敷童さまがいる」とブログに書かれたせいだと思われます。桜井さんは今まで著書にしか座敷童について書いていなかったので、私のこのブログにも座敷童については書くのを控えていましたが、桜井さんもブログに書かれたので、私も書いておく事にしました(せっかく過去記事を検索して下さった方の為に)。

 ちなみに、我が家には、座敷童さまは、たま~に遊びに来て下さっているんじゃないかなあと思います。いろいろまとめて運がいい事が起こった時は、座敷童さまが来て下さったんだと勝手に思っています(^^)。我が家の飾っている縁起物は、市比賣神社の赤い達磨(おみくじ入れだったもの)です。何もない壁の、絵の入った額の上に置いています。

 というわけで、私の「若一神社」の記事は、座敷童の情報(?)を入れて、書き直しました、というご連絡でした。