書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

「平場の月」朝倉かすみ著

 

平場の月

平場の月

 

  広い意味で言えば、恋愛小説です。

 ですが、主人公達は50代。結婚し離婚し、親の介護をしたり、見送ったり、一人暮らしだったり、転職したり、パートだったり。いったんは東京に出た彼等も、色々あって今は地元に戻り、狭い社会で暮らしています。そして、50代同士の元同級生が再開し、恋愛が始まります。服は全てユニクロ。生活はギリギリ。

 陳腐な筋書きだと思われたでしょうか。

 でも、そうではないんです。さすが山本周五郎賞を獲っただけのことはあります。私はこの小説は、朝倉かすみさんの本の中で、一番感動しました。

 主人公達の言動には、表面だけ見れば「なぜ?」と思える事が沢山出てきますが、彼等の過去が分かるにつれて、ああそれは、そうで仕方ない、と思えてくる。その繰り返し。特に、須藤という女性の過去は、身につまされます。他人に語る過去と、本当の過去の差。本当の過去でさえ、ああそれは仕方ない、と思えてしまう悲しさ。

 この小説では、冒頭で、女性は死んだ、という場面が出てきます。つまり、読者は、この恋愛が、女性側の死によって、結婚まで至らず終わる、という事を知るわけです。

 にも関わらず、一気に最後まで、読めてしまう。読者の興味をそらさない理由は、繊細な表現の上手さ故だと思われます。とにかくリアリティーがすごい。どこかで見た光景が、どのページにもあふれている。例えば、男性主人公の、ちょっと肩から手首を揺らして時計の位置を直す癖、なんてのは、うちの夫もよくやります。女性主人公の、ちょっとした外出用の半外出着というのを持っている、というのはまさに私。

 恋愛が少しづつ深まっていく途中で、女性の癌が判明します。男性も女性も、ほぼ同時に検診でひっかかり、再検査。この再検査をきっかけに二人は再開したのですが、結果、男性はセーフ。女性はアウトだったのです。

 女性は手術を受けます。大腸癌がかなり進行していて、人工肛門を付ける事になります。人口肛門の様子、その大変さ、不便さ、悲しさ、闘病の大変さの中で、男性は女性を助け続け、女性はなんとか再び働けるまでに快復します。

 私が一番「おおお。。。」と思ったのは、最後の章です。男性は女性に、「そろそろ一緒にならないか」と、夕食をつつきながら言う。女性は、「それ言っちゃあかんやつ」と答える。更に「私は、一緒になりたいと思われるようなヤツじゃないんだよ」と自分の欠点を数え上げ、「もう会わない」と言う。そして二人は別れるのです。

 え?なぜ?

 男性も訳が分からず、読者も腑に落ちない。でも、最後の最後に、その理由が明かされる。もう、私なんか涙腺崩壊です。

 極上の恋愛小説で泣きたいという方には、ぜひお勧めの一冊です。