書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

「東京貧困女子。」中村敦彦著

 昨年出版された本です。東京貧困女子。 

東京貧困女子。―彼女たちはなぜ躓いたのか
 

  東京は、そして日本は、刻々と貧困者を増殖させている、この本はその実例が丁寧に描かれています。全て実話で、東洋経済オンラインの連載を書籍化したものです。

 ここに描かれた貧困は、食べたいものが食べられないというレベルの話ではありません。貧困が貧困を生み、世代を超えて苦しみが続き、逃れる事ができずに、最終的には死という領域が見えてくる、というレベルの貧困です。

 そして、この本には、その貧困が生まれる原因は、国の制度にある、と書かれています。

 例えば、何らかの理由で仕事探しにつまづいた場合、手に職のない(高学歴であっても)女性が、出来る仕事は、最終的には体を売るか、介護職の二つですが、体を売れば早晩心か体を壊し、働けなくなり、貧困に落ちます。若い女性の売春の相場は、少し前は5万だったのが、今は1~3万にまで下がっているそうです。ぎりぎり暮らしていけるだけのものを稼ごうと思えば、心身を壊すレベルに至るのは当たり前の話です。

 介護職については、国の方針で、続々と民営化が進んでおり、また介護者の正社員の手取り賃金は、生活保護者の受給額と、何故か同じになるよう設定されているそうです。つまり、最低額ということです。一人で暮らすならこれでもなんとかなるでしょうが、シングルマザーなど養う家族がいれば、途端に貧困に至ります。また、介護の現場は常に人手不足で、まともに働くと早々に心身を壊すのは、体を売る仕事を同じです。

 また、大学を運営させ続ける為に、奨学金制度がさかんに宣伝されていますが、日本の奨学金は給付ではなく借金です。まだ社会に出てもいない子供達に、3%からの利息をつけた借金を背負わせるわけです。フルで借りるとその総額は1000万になるそうで、奨学金を借りてしまうと、社会に出た一年目から返済していかなくてはならない。自分で暮らすだけでもギリギリなのに、そこに借金返済が被さってくる。職場が合わなくて失業でもすれば、アウトです。貧困に真っ逆さまに落ちていきます。

 貧困家庭では、子供に奨学金を借りれるだけ借りさせて、親の生活費に使うケースも多いそうです。養ってもらっている子供には、何も言えませんし、そもそも、奨学金について理解している聡い子供ばかりではありません。何も分からず借りさせられて、社会に出る前にもう、山のような借金を背負う子供も多い。そういう子は、卒業したら、ダブルワークをせざるを得ません。昼間働いて、夜も働く。出ないと借金を返せない。こういう働き方をしていたら、心身を壊し、働けなくなり、貧困に真っ逆さまです。

 この本には本当に、様々なケースの貧困者が出てきますが、大きく「親が貧困だった」というケースと、「結婚離婚で失敗したケース」とに分けられるなあと思いました。

 親が貧困だったケースはまだ分かる。でも、たかだか結婚離婚で失敗しただけで、ここまで落ちるのか、という恐ろしさに身がすくむ思いがしました。

 例えば、284ページに出てくる「トップ私大卒でキャリア官僚の元夫人」。私と同じ55歳。夫の転勤で、長く海外に暮らし、年収2000万円の華やかな生活を送っていた方です。それが、今や、体を壊して仕事が出来ず、暮らしていく家すらない貧困者に落ちています。この方の場合、理由は、①離婚、②40過ぎでの就職は、長時間労働低賃金のものしかなく、子連れだった為に教育費生活費が、自分の給料では賄えない。長時間なので子供も放置するしかない。恨まれた子供から縁を切られ、仕事はどんどん落ちていき、最後は介護職に行きついて体を壊して働けなくなる。

 また、例えば299ページに出てくる「東大大学院卒の女性」。45歳ですが、仕事のストレスから慢性疲労症候群という難病に罹り、子供が二人いるのに寝たっきり。障害年金(年200万)で生活。障害年金を貰っていると、生活保護児童扶養手当を貰えないそうです。だから、200万円で、家賃を賄わなければいけません。東京で、どんなに安いところでも3人が暮らそうと思うと、最低でも8万はかかり、つまりのこり100万で一年間暮らさないといけない。どうしても必要な光熱費や学費を払うと、食費すら残らない。壮絶な貧困です。東大卒の才女が、どうして?と思いますが、彼女の場合は、結婚してもフルタイムの兼業主婦を続けていたところ(この時の仕事はよかった)、仕事と育児の両立が時間的に難しく、転職した。その転職先が、公務員の天下り先で、質の悪い男性上司の巣窟で、転職した事で離婚することになり(理由は複雑)、またここで壮絶な元公務員の男性上司から壮絶ないじめにあい、子供を育てなくてはいけない責任感から辞職せずに頑張ってしまった為に、ストレスから難病に罹ってしまった、という事情です。

 

 ここに紹介されている貧困の理由が、どれも私であってもおかしくない、と身につまされ、私自身、今この安逸な生活を送れているのは、本当に、紙一重の所を運よく乗り切ってこられた結果なのだと思い知りました。

 この本を読んで、私なりに、貧困に陥るのを防ぐ方法を、考えてみました。浅知恵ではありますが、自分の覚書として書いておきます。

①意地をはらない。

②我を通さない。

③何をする時も、「なんとなく」やらない。それがどういう事なのか、どういう事になるのか、先々までよくよく考える。常に考えて動く。

④情報収集を怠らない。

⑤大学卒の学歴は必要だが、安心材料ではない。安心しようと思えば、つぶしの効く資格を持つ事。(名前だけの資格には意味はない)。

⑥何よりも健康が第一。

⑦子供を持つ決断は慎重に。

 

 本書の最後に書いてあったのですが。

 現在の日本は、女性をターゲットに貧困化が進行していますが、これは、彼女達が絶望し苦しむ姿を眺めさせて、「ああなりたくなければ、もっと生産性を高めろ」と駆り立てたいが為の、国の方針かもしれません。

 こういう風に、国民の誰かを転落させなければ国がやっていけないのが、残念ですが、この国の現状なのだと思います。今だに、この国が豊かであると勘違いしている人がいて驚きます。

 この国が豊かに見えるのは、労働量に見合わない低賃金にも甘んじて働いてくれる貧困者がいるおかげであり、そういう貧困者がその仕事にしがみつかないと生きていけない仕組みを、国が作っているからです。

 私は、息子が高校生の時、高校から何度も奨学金制度の説明会の案内をもらい、意外に感じました。息子の高校は、私立で、富裕層の子供が多いと言われている学校だったからです。奨学金の説明会は、大学の説明会とセットで行われる事が多く、私はいつも大学の説明会だけ聞いて帰りましたが、残って奨学金の説明会も聞く人が大多数でした(というか、いつも途中で帰ったのは私だけでした)。 

 お金がなくても、子供を大学に進学させられる制度、と言えば良く聞こえますが、子供に借金を負わせなければ、大学に行かせられないのは、何かがおかしいと思います。そうやって、借金を背負って大学に行ったところで、卒業後、安心できる就職ができる保証はないのだから、なおさらです。だったら大学なんかいらないんじゃないかなと私は思います。

 本当に勉強したい子、だけが大学に行き、それ以外の子は高卒でいいんじゃないかと思います。お金がなくても勉強が続けたい子には、給付型の奨学金をあげて欲しいです。借金ではなく。 奨学金の制度がそうなっていない日本は、子供の事を本気で考える余裕のない国だと思います。この例ひとつとっても、この国が、豊かとはとても言えないと私は考えています。