書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

とりとめのない不条理について。

 今日はぼんやり、とりとめのない事を書きます。

 一つは、「人に注意する事の難しさ」について。もう一つは、「何人もお子様を持てる人について」。

 まずは一つ目から。

 人に注意することって、難しいというのは、万人が感じている事だと思います。注意される事が好きな人はいませんし、むしろ、注意されると不快に感じる人が、ほとんどだからです。なんなら、注意したほうが逆恨みされるケースも多々あります。

 目下の人に注意するのは、逆恨みされても被害が少ないという点で、まだマシですが、対等な関係の人や、ましてや目上の人に注意するのは、ハードルが高すぎて、普通はしないと思います。

 例えば。息子の大学の講義ですが(最近この話題が多い気が)、オンライン・対面・zoomと多岐に渡り、また教授側も不慣れなせいもあり、手違いが多いのです。たとえば今週配信される筈のオンライン講義が、配信されていない事など日常茶飯事。こういう時、おそらく教授が配信プログラムを間違って非公開にしているのだろうと見当はつくものの、それを教授に対して指摘するのが極端に難しい。

 教授に連絡をする手段は様々用意されてはいるものの、お礼の連絡ならまだしも、「あなた間違ってますよ」の指摘連絡は、生徒からはまあできません。でも、誰かがしないと、教授が気が付くまで講義は配信されないまま。配信されないまま、何週分もたまった状態で、一気に配信される羽目になり、勉強する生徒側はたまったものではありません。

 でも、、、、基本、こういうケースでは、誰も指摘連絡を教授にしません。そこそこ生徒数はいるのですが、誰もしません。みんな「目上の人間に注意して、逆恨みされたくない」わけです。その気持ちはよくよく分かります。匿名の立場で注意できるのならいいですが、学籍番号も名前も把握されているわけですから、教授から逆恨みされたらアウトです。たまに息子が「この授業がたまるのは嫌だから、連絡するわ」と言って、連絡していますが、ちゃんと謝ってくれる教授ばかりではなく、無視される場合もあります。ひや~、怖い。

 私なら、絶対に放っておく。教授自らが気づくまで何週分講義がたまろうと、放っておきます。息子にはそれが出来ないので、仕方ありませんが、本当は、息子の行動のほうが正しいのに、人の世の不条理ですね。

 この件については、とくに結論もオチもなく終わります。

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 続いて、二つ目。何人もお子様を持たれる方について。

 とてもお洒落でセンスのいい大好きなブログがあるのですが、そのブロガーさんは、すでに3人のお子様をお持ちなのです。7歳、4歳、1歳、ぐらいだったと思います。全員男の子。で、一番下の1歳のお子さんを身籠られた時、「絶対にこれで最期」と書いておられたし、子育てに疲れておられる記述も多いのです。が、、最近また身籠られたと書かれており、驚きました。

 勿論、大変おめでたい事で、「おめでとうございます」という気持ちは多々持ちつつ、一方で、大変だろうなあ、、、と案じる気持ちもわいてきます。よくぞ、4人目を持とうという気持ちになられたなと。

 そこそこ都会に住む核家族のお家なのです。お住まいも普通の3LDKのマンションで、ご主人は普通の会社員(と書かれていました)。奥様は、ブログを通して素敵生活を発信されている半プロライター。でも、3人目のお子様が生まれてからは、なかなかお仕事をされる時間が取れないようにお見受けしています。

 3人のお子様はみな賢く良い子だからこそ、4人目に踏み切ろうと思えたのだろうと思います。ウチなんて、一人目からいきなり障害児だったので、この一人をなんとか自立させる事で手一杯で、二人目など考える余地もありませんでしたから。しかも、それだけこの一人に集中して育てても、自立させられるか微妙なぐらいで、、。

 4人。お子様4人。すごいなあ。私には絶対に無理だなあ。いくら賢くかわいい健常児だとしても、大変だろうになあ。

 なぜ4人目を持とうと思われたのか、踏み切った要因は何だったのか、ぜひとも知りたいと思いましたが、ぶしつけに聞くわけにもいかないので、ここでぼんやり呟いてみました。本当に私には不思議なのです。自分には出来ない事だから。

 沢山お子様をお持ちになる方というのは、どういう風に考えて身籠られるのだろう。勿論、子供が好き、というのは絶対にあるのでしょうが、好きだけで乗り越えられるほど、子育ては生易しいものではありません。お金もそれなりにかかります。子供は健康でいてくれる保証はありません。病気だって怪我だってします。沢山子供がいれば、そのお世話の大変さは想像を絶します。

 おめでたい事なのに、素直におめでたいと思えない私が、悲観的過ぎる気がしてなりません。子供を沢山持つということは、心からおめでとうと言うべきことなのに、と。私の心の中にも、不条理的な何かがあるように感じられた次第です。

 今日考えたことは、こんな感じです。ではでは。

 

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