鏡の法則と、その次の法則について、一つ前の記事に書いたのですが、「こんな法則持ち出すカウンセラーさんって本当にいるの?」と疑問に思われる方がいるかもしれないので、実在する証明として、いくつかご紹介します。
まず、いまだに鏡の法則を堂々と書いておられる記事は、例えばこの方(仮にAさん)のこちらの記事。
自分が生んだ子どもを愛せないということ | カウンセラー星野えみ(えいみー)の「もう2度と『わたし』を一人にしない生き方を」
勝手ながら一部抜粋しますと。
「そういう人は、「自分のことが嫌いだ」とは、なかなか認めない。
「自分のことを嫌いだとは思わないんだけど、 娘のことは本当に嫌いなんです。 どうしても娘を愛せないんです。」と言われることもある。
本当は、自分のことが大嫌いで大嫌いでどうしようもなくて、死んでしまえばいいと思っていて、なんで自分が生きているのか分からないけれど生きているから、目の前にいる、自分に似た子、そして自分と同じ性別の娘を嫌うことで、自分を嫌う代わりを果たしている、ということがある」
クライアントさんが「娘を愛せない」と相談に来たと。Aさんは鏡の法則を持ち出して「目の前の娘さんはあなた自身」と決めつけた。クライアントさんは「いや違う。自分の事は嫌いではないが、娘の事は嫌いなのだ」と言う。でもAさんは、クライアントさんのほうが間違っているというスタンスを崩さないのです。
確かに、自分の嫌な面を相手の中に見て、相手を嫌うという事はありますが、必ずいつも起こるわけではないですよね。例えば子供を嫌う時も、自分に似ているから嫌う場合もあれば、理解できないから嫌う場合もあります。親が健常者で、子供が発達障害なら、たいてい後者です。そういうケースでもAさんは、鏡の法則を持ち出して「目の前の娘さんはあなた自身」と言い張るわけです。「あなた自身は気づいていないかもしれないけれど、そうなんですよ」と謎の上から目線で。
次の法則、つまり「苦手な人を排除してはいけない。誰もいなくなるから」を書いている記事は、例えばこの方(仮にBさん)の記事。
「気に入らない人を排除する」をやってはいけない理由 | いがぐりこの トゲトゲ殻の中身は
勝手ながら一部抜粋しますと。
「気に入らない人を排除して、排除して・・・
それを繰り返していくとどうなるかというと、一旦は、好きな人に囲まれて幸せになるかもしれない。
けれど、ある程度身の回りから「気に入らない人」を排除し終えると、今度は恐ろしいことが起きる。
それは・・・・「気に入らない人」を排除し終えた次には、
今居る「好きな人たち」のグループの中から、「嫌いな人・気に入らない人」を探し出して排除しようとする力が働く。
身の回りを好きな人たちで固めたはずなのに、その中から、またさらに気に入らない人を見つけようとし出す。
そして、またその人を排除する。
だから、「気に入らない人は 心の中で"即・抹殺"しちゃう」
一旦このループに入ると、なかなか止めるのが難しくなる。
そしてさらに、気に入らない人を排除していくとどうなるかというと、
一番信頼できる、最後に残った大好きなあの人の中に「この人のこの部分が嫌い」って、大切な人の中にある「気に入らない部分」の指摘を始める。大切な人の中にある「気に入らない部分」を排除したくなる。大切な人に対してさえも、「気に入らない部分」をサーチする対象にしてしまうのだ。
別にいいけどね。それでも「気に入らない人は 心の中で"即・抹殺"しちゃう」って、そうしなければ自分が保てないほど、その人の心は弱って居るってことだから。「自分の心は、誰かを排除しなければならないほど、周りの人に影響されて傷ついています」と告白してようなものだから、そういうときは、「気に入らない人は 心の中で"即・抹殺"しちゃう」をやればいい。
でも、それはいずれ、必ず行き詰まる。限界が来る。
それだと人生は、縮小の方向に向かうから。
「気に入らない人を排除する」をやってはいけない理由。
それは、やはりいつかは、その嫌いな相手も自分、「目の前の人は自分」だと、受け入れなければならない時がやってくるから。
実はこのBさんは、今年の3月に「私は苦手な人は排除しています」という記事を書いていました。こちらです↓。
ママ友がLINE@を見ているかもしれない時 | いがぐりこの トゲトゲ殻の中身は
Bさんは、ママ友さんの中で苦手な方がおられるそうで、その方とバッタリ会っても知らんぷりするのだそうです。「なんでお前がここにいるの?」「お互い一生分かり合えないし、分かりたいとも思わない」「はぐれ、ぐりちゃん(Bさんの愛称)」。
Bさんはこの記事で、自分は苦手なママ友さんのことは、心の中で排除しているから、バッタリあっても普通にガン無視すると書いておられます。そして、そうやって「苦手な人の事は心の中で排除しちゃえばいいんだよ」と、読者にそれを勧めるようなニュアンスで書いています。
数か月前の記事ですから、今でもBさんは、苦手な人のことは心の中で排除しているし、会ってもガン無視なのだろうと思います。ご自身はそうやって、苦手な人を自分は排除している癖に、他人に対しては「苦手な人を排除してはいけません」とイケシャアシャアと言っているわけです。これができてしまうのが、自己啓発カウンセラーさんなんですよね。
Bさんの1つ目の記事の最後に書かれているのは、やはり鏡の法則。自己啓発カウンセラーさんの十八番です。「やはりいつかは、その嫌いな相手も自分、「目の前の人は自分」だと、受け入れなければならない時がやってくるから。」
これが事実なのであれば、「Bさんの苦手なママ友さんが、Bさん自身である」という事を受け入れなければいけないわけですが、、、。そんな事は絶対にBさんは、なさらない。ご自身だけは例外なんですね。矛盾も甚だしいですね。
自分が出来ない事を、平然と他人には「やれ」と言うのが自己啓発の常套手段で、これを真面目に受け取ると、受け取ったほうは頭がおかしくなりますから、気を付けないといけません。
ちなみに、私の姉がAさんやBさんに傾倒しているので、流れを知っておく(用心のため)為に、時々ブログをチェックしています。毎回、溜息が出ます。身内が関わっていなければ、一切関係ない人達として、それこそ心から排除して生きていけるのですが。残念です。
更に追記:
Bさんは、スプーン曲げ等をされている自己啓発教祖さんに、新たに弟子入りされたそうで、スプーン曲げをセミナーで実演しておられます。「曲がると思えば、曲がるのです。人生もこれと同じで、強く思えば叶うのです」というのがセミナーの主旨。セミナー出席者にもスプーンを配って、曲げさせて「ほら、できるでしょう」と。
いやしかし、、。スプーン曲げなど、私でもできます。
要は材質と、力を入れる場所だけの問題。こういう自己啓発の、マガイモノの説明に、安々と納得してしまう人がいるという事が不思議でなりません。人生とスプーンは違います。なんでこんな当たり前のことが分からないのだろう?