書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

おせっかいだったのだなあとしみじみした話

 今日は姉の話です。文章にすると、なんだかズレてしまう気がして書かなかったのですが、自分の整理の為に、やはり書いておこうと思います。

 姉が、似非スピ&自己啓発カウンセラーをやっており、ブログで顔出しした話は、少し前に書きました。

 その時、姉に甘い母もさすがに心配し、「顔出しだけは止めるように」と姉に言ったのですが、姉は逆切れ(いつものこと)。それに前後して、私も姉に、顔出しのリスクについて、事を分けて説明したのですが、母に対する以上の逆切れが返ってきました(これもいつものこと)。

 私は、姉とは疎遠にすることを決めて1年経つのですが、この1年、姉に何かを言っていった事は一度もありません。この間、冠婚葬祭の場で姉と顔を合わせる事はあったのですが、その時は何事もないように普通に話しましたし、コロナ禍で姉がトイレットペーパーが無いので欲しい、と言って来た時に1カートンあげた事もありました。でも、そういう、表面上の致し方ない付き合いはしたものの、個人的に姉に連絡をとるとか、ましてや姉に意見するとか、そういう事はしていませんでした、この1年。

 なので、今回の顔出しの件についても、私はノータッチでいこうかと随分悩みましたが、母は「世間体が悪い、恥ずかしい、家族に迷惑がかかるから止めて」という方向で姉に話しており、私はそれはちょっと違うかなと思ったのです。そういう言い方をしても、まず姉は理解しないし、反発して逆切れするだけだろうと思ったし、私自身、姉の顔出しを「恥ずかしい、世間体が云々」という視点で問題だと思っているわけではないからです。

 姉のブログへの顔出しは、危険だと思った、それが反対する主理由です。

 姉のブログには、モラル的に疑問を生じるもろもろや、ずばり違法行為の推奨等まで書かれているので、顔出しによって本人特定されたら、まずいのではないかと思ったのです。たいして読者もいないブログなので、匿名で書いている分にはリスクはありませんが、誰か知り合いがたまたま見てしまわないとも限りませんから、顔出し=個人特定、と考えておくべきだと思います。

 それで、さすがにこれは姉に言っておいたほうがいいだろうと判断し、顔出しのリスクについて、話したのですが。

 ものすごい逆切れが返ってきて、聞く耳どころの騒ぎではなく、これほどまでに道理が通じないのかと、暗澹としました。

 

 その件があった少し後、私の息子が、姉の娘に、用事があって電話したのです。で、息子と姪っ子の話はすぐに終わり(発達障害どうしなので用件だけですぐ終わる)、姪っ子が、「叔母さんと代わって」と息子に言ったのです。

 で、私は姪っ子と電話で話す経緯となったのです。私が姪っ子と話すのを、姉はものすごく毛嫌いしていて、私と姪っ子が話したと後で姉が知ったら、激怒。「裏でこそこそして姑息」と言われるので、ここ1年、私は姪っ子とは電話で話していません。

 ですが、姪っ子から私と話したいと言われたので、出ないわけにはいかないなと思い、息子から電話を受け取ったのです。

 で、姪っ子の用件というのが。

「どうして、お母さんに余計な事を言うの?」というものでした。

「へ?」と頭の中は疑問だらけに。

 よくよく聞いてみると、姪っ子は、私や母が、姉に駄目出しするのが、迷惑なのだそうです。どれだけ筋の通った駄目出しであっても、姉は絶対に聞かないので、まず無駄だという事。そして何より、私達から駄目出しが来ると、姉は自宅で怒り狂い、姪っ子に当たり散らし、家の空気がいたたまれないものになるのだと。

 「言っても聞かない人に、どうして言うの?」「お母さんに余計な事言われると迷惑なの。止めて欲しい」これが、姪っ子から言われた言葉でした。更に彼女は、「(私や母の家系は)やっかいな血筋だね」とまで言っていました。

 その時、私は、「ああ、そうなんだ」と思い知ったのです。そして、姪っ子に、申し訳ない事をしてしまった、と思いました。すぐに「余計な事をしてごめんね。もう二度と、お母さんには駄目出ししないから、安心して」と言い、電話を切りました。

 私は、姉に顔出しされると、姪っ子もつらいだろうと思ったのですが、それより何より、姉に当たり散らされる事のほうが、姪っ子はつらいのでしょう。顔出しによるリスクは未来のもので、今すぐどうこうではないわけです。一方、私や母からの駄目だしによる姪っ子への当たり散らしは、今すぐ目の前に起こる恐怖なのです。

 「もう二度と、お母さんには、駄目だししないで」と姪っ子が言うのはよく理解できます。私がやっていた事は、おせっかいだったのだとしみじみしました。

 あとで聞くと、母にも姪っ子から同じ内容の電話があり、でも母は私と違って、「そんな事は聞けない。お母さんに悪い所があれば、これからもお祖母ちゃんはお母さんを叱るから」と、姪っ子に言ったそうです。やれやれ、まあ、母ならそう言うでしょう。姪っ子の不安は残り続けるのだなあ。

 

 何が正しいのか、なんて分からないし、そもそも私が姉に駄目出しするようになったのは、一昨年ぐらいから、姪っ子から再三SOSが入ったからなのです。でも、姪っ子からしたら、愚痴を聞いて欲しかっただけ、なのでしょう。姉に「姪っ子に優しくしてやってくれ」等と、駄目出ししてもらっては困る、後で自分が当たり散らされるから。

 息子と同じで姪っ子も、何時間も延々、自分の話をただ聞いて欲しかっただけ。自分への意見も言われたくない。改善策を考えてもほしくない。改善策を実行するなどという事は、もってのほか。ただ、相手は、自分の愚痴を黙って聞いていればよい、と。

 そうか、そうか、そうだったのか。

 私が今まで、姉に対して駄目出ししてきたのは、姉自身を心配してのこと50%、子供達を心配してのこと50%でした。でも、姉自身はもう心配してくれるな、と言うわけだし、子供達も母親のことは放っておいてくれと言うのであれば、本当にもう、何一つする必要はないのだなあ、としみじみ思いました。 

 まあ私も、どこか自分の正義をふりかざす、みたいな気持ちがあったのでしょう。自分ではそういう気持ちは、1ミリもないつもりでしたが。私は、極端に現実主義者なので、モラル云々で人を裁く気持ちにはなりません。ただ、現実的に誰かがいわれない苦難を受けていたり、現実的に危険が迫っていたりすると、それは駄目だ何とかしないと、と思ってしまいます。これを正義のふりかざし、と言われたら、そうかもしれない。

 見て見ぬふり、というか、もう見ない気にしない、でいれば、少なくとも「おせっかい」「余計な口出し」と言われる事はないし、また、私のおせっかいで誰かを苦しめる羽目にもならない。

 割り切るしかないし、決めてしまえばやるだけなので、今後は姉に何が起ころうとも、無関係を通します。地蔵になります。

 

 

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