書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

断じて行えば鬼神も之を避く。

 面白いなあと思って、よく読ませて頂いているブログに、今日も「ほお!」と思う事が書いてあったので、勝手ながら引用させて頂きつつ、今日はそのことを書きます。

 拝読したブログ記事はこちら↓。

脅しに屈した自治体 | 山犬の杜

 上の記事は、岡山県が来県者への検温を中止した件について、書いておられます。コロナ感染防止対策で、岡山県は、岡山市東区山陽道で、来県者への検温を実施する予定でいた、と。しかし「検温現場での県職員に危害を加えるといった内容の電話が多数入っている」として、一転中止する方針を明らかにした、と。「この状況では従事する職員の安全を担保できないと判断した」からとの事。

 これについて、上の記事のブログ主さんは、「検温やればよかったのに」と書いておられるのです。「『命がけでも検温はやるのだ。県民の命を守るのだ』というところを、見せてやればよかったのに」と。

 そして、ブログ主さんは、史記を引用してこう続けておられます。「断じて行えば鬼神も之を避く」と。

 すごく分かる、その感覚、と思いました。

 私が岡山県職員ではないから、他人事だから、軽々しく言えるのかもしれませんが、それでも、有事において「無難なこと」をやっていては駄目だと思う。それは強く思います。

 私達、個人個人の人生においても、そうだと思うのです。平時もあれば、有事もある。本当に、ここは絶対に引けない、ここだけは踏ん張らねばならない、そういう場面が、人生には時々やってきます。そういう時に、なんとか無難にやり過ごそう、等とぬるい事をやっていては絶対に駄目で、鬼神の目の前で「欲しいならこの命くれてやる」ぐらいの気迫でかからなと、成せない事があるのです。

 大声で喚くとか、大げさな言葉を使う、とか、そういう事じゃない。「危害を加えたいなら加えてみろ」と心の中で強く踏ん張って、一歩も引かないその気持ちが、有事には必要だと私は思います。

 岡山県行政の方々に、そういう気迫があれば、誰も岡山には入れないと思います。「ルールを守ってくれない人がいて、困りますよ~」等と、テレビカメラに向かって言ったところで、ルールを守らない人間が、「じゃあルールを守ってあげよう」等と、思うわけがない。

 どこの世界にも、常識を知らない・モラルを守らない・公共精神のない人達はいるものです。そういう人達に対して、「ルール守って下さい」と言ったところで通じるはずはないのです。この時期、岡山に行くのは怖い、他県ナンバーの車で入ったら何されるか分からない、奴ら本気や、と思わせないといけない。

 まさに「断じて行えば鬼神も之を避く」なのです。

 

 話は全く変わりますが、今朝のお散歩で、今日も蝶々を沢山見ました。アゲハはものすごいスピードで飛んでいて撮れなかったので、ヒラヒラしていた紋白蝶を撮りました。左下、白い花と黄色い花の間にいます(小さくてすみません)。今年初めて撮った蝶々です。

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