書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

立場を変えて考えてみる、という事。

 私は、人に迷惑をかける事は、必要であれば構わないと思っていますし、私自身が障害児を育てていますから、他人様に迷惑をかけずには育てられません。障害児の息子は、人様に何かしらの迷惑をかけずに生きていく事は不可能です。それでも、それが最小限になるような自助努力は不可欠です。

 我欲を満たす為に他人を傷つけ踏みつけるような行動を、肯定を通り越して推奨する界隈の方々には、違和感を覚えます。

 界隈の方々、というのは、姉がはまっている自己啓発のカウンセラーさん方のことです。姉はそちら系のブームに驚くほど影響を受けて、突拍子もない行動に出るので、油断ができません。姉は界隈の方々の言う通りにして、家事と子育てを放棄し、外で遊び三昧し、家庭は崩壊、息子は縁切り、娘はウツで不登校。これ以上の事があってはこわいので、折々界隈の方々の言動をチェックしているのですが、見るたびに違和感と危機感を覚えて、しんどくなります。

 「自分の幸せの為には、他者を踏みつけてよい」という考え方は、自分が採用する分には都合がいいでしょうが、よく考えてみてほしい。自分の周囲の人たちみんながこれを採用したら、今度は自分が踏みつけにされるのだ、という事を。

 なぜそこに意識が向かないのか、が不思議でなりません。

 

 立場を変えて考えてみる事、に、どうして意識が向かないのか。

 

 これは「相手の立場になって考える」というようなおこがましい事ではなく、ただシンプルに、「自分だってどちらの立場にも成り得るのだ」という事に思いを至らせる、という事です。

 

 具体的に説明します。

 姉がはまっている自己啓発のカウンセラーさんの方々は、いつも同じ見解を語られるのです。簡単に言えば、

「クライアントの立場にだけ、立つ。クライアントにとって都合のいい事だけ、言う」という事です。

 例えば、クライアントが不倫していれば、その不倫がどうやればうまくいくか、だけを語る。クライアントが子供を虐待して悩んでいれば、「あなはた悪くない。あなたもしんどいのだから虐待しても仕方ない。罪悪感など持たなくていい」と言う。

 つまり、不倫相手の家族の苦しみ、親に叩かれる子供の苦しみ、は無視します。

 これは、本当の意味で、クライアントを救う事にはなりません。 

 クライアントが不倫している本人であった場合、不倫の危険や罪の深さをきちんと説明してやる事が必須だからです。それをせず、ただ短絡的に「その不倫がどうやればうまくいくか」だけをアドバイスすれば、クライアントは不倫の危険を認知できません。結果、不倫が明るみに出てしまい、金銭的な損失だけでなく、クライアントは社会的にも大きな痛手を負います。不倫相手の家族から、一生恨まれ憎まれ続けるでしょう。そういう事の危険を、クライアントに伝える事なく、軽率に不倫を後押しするのは、本当の意味で、クライアントを幸せにする行為ではありません。

 不倫は、普通の恋愛ではないのです。

 不倫の危険と罪の深さを伝え、絶対に明るみに出さない覚悟と細心の注意が必要だという事をまずよくよくクライアントに伝える必要があります。

 でも、この界隈のカウンセラーさんは、それをしません。不倫を普通の恋愛と同じに扱い、ただただ不倫がうまくいくようなアドバイスだけを伝える。

  

  また、界隈のカウンセラーさん方は、子供を虐待しているクライアントには「お母さんも大変だから仕方ない、あなたは悪くない、あなたは十分頑張った」と虐待を肯定します。心屋氏に至っては「あなたの子供はあなたに叩かれる為に生まれてきたんだから、あなたが罪悪感を感じる必要は一切ない」と言い切っています。

 これも、短期的にはクライアントの気持ちを楽にするでしょうが、これでクライアントが虐待をしなくなる事はありませんし、また、虐待された子供の苦しみが癒えるわけでもありません。子供の心は壊れ、壊れた心の子供を育てることはとてつもなく大変な事なので、結果的にクライアントの人生も辛いものになります。更に、子供が成長して自分が親になった時もまた、虐待の連鎖がつながっていき、子々孫々、不幸をつなげていく事になります。

 必要なのは、クライアントが虐待しなくてすむよう、クライアントに対し、具体的な支援を行い支え続ける事です。短絡的に「叩いていいよ」と告げる事ではありません。   

これについては、過去にこういう記事を書きました↓。 

oinor-i.hatenablog.com

  このカウンセラーさんは、反抗的な長女を叩いて育て、手に負えなくなったら、離婚した元夫に長女さんを押し付けてしまいました。親権も元夫さんに渡してすっきりしたと書いておられました。その上でこの方は、「母性とは何か、流行のキラキラ育児ではなく、自分らしい母親になろう」的な講座を開いておられます。「育てにくいから」という理由で、我が子を捨ててしまうような方が、子育てで何を語るのだろう。子育てを語りたいなら、まず、長女さんに、虐待して育てた事を謝ってほしい。母親だってしんどかっただなんだと自己正当化せずに。そして、責任もって、長女さんの心を救ってほしい。他人に子育て指南を語ってお金を取るのは、それをやってからじゃないでしょうか。

 個人攻撃したいわけではありませんが、心屋氏ご自身が、離婚されて、お子様を手放しておられる。ご自身の手で、子供を育てあげたわけではありません。そういう経験はお持ちでない。むしろ、子供を捨てた人です。そういう人が、子育てについて、何を語られるのだろうか。

 

 虐待について、先日、心屋氏と黒猫ドラネコさんが、ツイッターで会話されていました。黒猫さんは、自己啓発への適切な警笛を鳴らし続けておられる方です。黒猫さんが心屋氏の自作の歌に「子供を叩いてもいいよ」という歌詞がある事を批判したところ、心屋氏が黒猫さんのツイッターに反論を入れて来られ、それで会話が始まったのですが、、。終始論理がしっかりしている黒猫さんに対し、どこまでも自分に都合よく論点をズラして自己正当化する心屋氏。ここに黒猫さんと心屋氏の一連のツイッターを貼っておきます、、、と思ったら、、、。やばいと思った心屋氏が、ご自身の発言を全て消してしまわれたそうです(唖然、、、でも彼の常套手段でもある)↓。

黒猫ドラネコ on Twitter: "昨夜、いい機会なので心屋氏と直接やりとりをしてみましたが見られなくなりました。力及ばずでした。誰にでも理解できない部分やわかり合えない点はあると思いますが「子どもを叩いていい」「娘さんは叩かれるために生まれた」など虐待を助長する心理カウンセリングなどは今後も絶対に認めません 続… https://t.co/vnB39Qpcre"

 

 私は、ほぼリアルタイムで、黒猫さんと心屋氏のツイッターでのやりとりを拝読したのですが、、。まさか朝になって、心屋氏がご自分の書いたものを全て、消してしまうとは思いませんでした。彼は、自信満々で、意見を開陳されていたのです。でも、ご自身でも自分の書いている事が、おかしいと分かっていたのでしょう。でないと朝になって、書いたものを全て消すなどという行動を、とる理由がありません。自信を持って語っていた事を、全部消してしまう、なかった事にする、そういう行動が不誠実だとは、思わないのだろうか。。。これでも彼を信じてついていく人がいる、という事が、私には不思議でなりません。

 心屋氏は、子供を虐待しているクライアントさんに「お子さんはあなたに叩かれる為に生まれて来たのだから、叩いていいのだ」と告げたところ、後日談として、そのクライアントさんから心屋氏宛てにメールが来たと語っています。クライアントさんは「今だに、子供を叩く事は止められていないけれど、親子で仲良く暮らしています。子供は私のことを大好きだと言ってくれます」と書いてあったそうです。心屋氏はそのメールが、自身のアドバイスの正当性を証明するものと考えているようですが、それはどうかと思います。

 まず、クライアントさんは、今なおお子さんを虐待し続けている。虐待をやめられたわけではないです。その事を、クライアントさんは全く気にしていない。子供が自分を好きだと言っているから、と。でも小さい子供は、親なしでは生きていけないことを、よく分かっていますから、自分を叩く母親ですら、「大好き」と言わざるを得ないだけのことです。いえ、多分子供は本心でそう言っているのでしょう。子供はどんな親でも、好きですから。不憫ではありますが、自分を虐待してくる親ですら、子供は慕うものです。だからこそ、大好きである親が、自分を叩き傷つけてくる事の辛さ、理不尽さが、小さい子供の心を壊してしまうのです。

 心屋氏のアドバイスは、母親であるクライアントさんだけは短期的に救いましたが、そのお子さんを更に傷つけ苦しめている事には変わりありません。そして、心の壊れた子供を育てるという事は、長期的に見れば、とてつもなく大変な事なので、このクライアントさんのこれからの人生は、苦渋に満ちたものになると思われます。

 だから。心屋氏が、クライアントさんの「その後の報告メール」にドヤ顏をされている理由が、私にはわかりません。

 

 大事なのは、相手の立場に自分がなるかもしれない、という事を、クライアントに知らせる事だと私は思います。

 不倫している人なら、不倫に限らず自分が信じていた他者から裏切られる立場になった時に、自分がどう感じるか、という事。裏切られた時、どれだけ苦しむか、という事。裏切った相手が、罪悪感を露も感じず、むしろ正当化してのうのうと生きていたら、どれだけ相手を恨むか憎むか、という事。

 そこまで考えが至ったら、不倫しているという事は、不倫相手の家族から、死ぬほど恨まれ憎まれる危険がある、という事だと分かるでしょうし、それ相応の危機感を持てるでしょう。

 子供を虐待している親もそうです。自分が、歯向かえない他者から暴力暴言を受けて叩き潰され続けて生きるしかない立場に、いつか自分がなる場合が、あるかもしれない、という事に考えを至らせる。しかも自分を叩いている相手は、罪悪感など露も感じずのうのうと自己正当化している。追い詰められた自分の苦しみと絶望感はいかほどか。

 そこまで考えが至ったら、虐待しているという事の罪の深さがわかるでしょう。

 因果応報は確実にありますから、不倫した人は必ず将来誰かに手酷く裏切られますし、子供を虐待した人は、必ず将来歯向かえない誰かから暴言暴力で傷つけられます。

 そういう事を、カウンセラーさんは、自身のクライアントさんに、きちんと言う義務があると私は思います。

 

 界隈のカウンセラーさん達が、「目の前のクライアントだけを見て、短絡的にクライアントが楽になる事だけを言う」事の罪深さ。

 こういう罪深い事を、彼らが、不特定多数が見るYouTubeやブログやSNSで、堂々と発信していることに、驚きを覚えます。本当に驚きます。彼らが語れば語るほど、不幸な人間が増えていきます。クライアントさんの周囲の人間は当然不幸になりますし、短期的に救われたように見えたクライアントさん自身も、長期的には不幸になります。こういう事に、なぜ彼らが気が付かないのか。私には不思議でなりません。お金もうけも大事ですが、それが全てじゃないでしょうに。もっとご自分の人生を大事にされればいいのに。

 界隈の方々には、私の書いたものなど届きませんので(彼らは批判をシャットアウトしておられるので)、ここに書いた事は、おおよそ私自身の為に書きました。

 自分がやった事は、必ず自分に返ってきます。お金を取って他人を不幸にしたのなら、将来、お金を巻き上げられた上で更に不幸が降りかかってきます。立場は必ず入れ替わります。因果応報は必ずあります。それを忘れずに生きていかねばと、改めて思いました。