書くしかできない

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辛い人生における「逃げ」の是非

 辛い人生における「逃げ」の是非について、今日は考えてみたいと思います。

 ある主婦の方がおられて。義父母と同居、子供達は発達障害児、ご主人に理解なし、という悪環境で、家事育児嫁業にうんざりした日々を送られている。しかも、お金目当てで結婚したご主人は、結婚後仕事がうまくいかず、今は経済的に苦しい状況。その方は仕事をしたいのだが、子供の面倒を押し付けられたくない義母から止められている。そもそもその主婦の方は、掃除も料理も家計管理も苦手だからしたくない。お金を湯水にように使って贅沢放題で暮らしたいのに叶わない。この苦しさを何とかしたいと、自己啓発セミナーに通ったりそれ関連の遊び事に参加しているけれど、なんとなく、この行為は「逃げ」なのかもしれないと思っている。何故なら、自己啓発セミナーに通っても、生きる気力が湧いてこないから。

 

 「逃げ」と「本当に好きな事」との違いは何?と、その方は、その自己啓発のカウンセラーさんに聞いたところ、こんな答えが返ってきました。

 

 それが「逃げ」だとしても、問題ない。別に反社会的行為に手を染めているわけじゃない。健康を害するドラッグに手をつけているわけでもない。「好きなこと」が「逃げ」であってもいいのです。人は大なり小なり、複数の「逃げ」を組み合わせる事で自分を保っています。あなたに生きる気力が湧いてこない理由は、「逃げる為に選んだ事は好きな事じゃないから駄目」と自分に駄目出しして、自分を責めているから。「逃げ」は駄目だと自分の人生を狭めるから、生きる気力が湧かないのです。堂々と逃げたらいいんです。

 

 うん、なるほどね。なんとなく説得されそうなんですけども、、、。よくよく考えたら、おかしいなあと思って。それで今日はこれを書いているんですが。

 以前、私、「気分転換」と「現実逃避」の違いって何?という記事を書きました。 

oinor-i.hatenablog.com

 

 上の記事の中で、現実逃避が悪い理由として、「自分の現実に戻るのが苦しくなり、自分の現実をないがしろにしてしまいがちだから」というような事を書きました。

 ここで、いくつか出て来たワードを整理すると、こういう事になります。

 「気分転換」がエスカレートしたものが、「現実逃避」で、「現実逃避」がエスカレートしたものが「逃げ」です。

 「気分転換」→→→「現実逃避」→→→「逃げ」→→→「人生破綻」

 右に行けばいくほど、ラクになので、意思の力で踏みとどまらないと、簡単に右へ右へとエスカレートしていき、最後には人生が破綻します。

 もう少し細かく定義するならば。

「気分転換」・・・現実問題に対処しつつ、合間に別の事も楽しむ。

「現実逃避」・・・別の事に費やす時間頻度が増え、現実問題に戻るのが苦痛になる。

「逃げ」・・・別の事に費やす時間頻度が更に増え、現実問題は完全に放置する。

というような感じになると思います。

 

 で。

 上のカウンセラーさんの答えについて私が感じたことは。

 確かに、自分の現実が苦しい時、誰しもが何かに逃げたくなりますし、実際逃げていると思います。でも、「逃げはよくない」という気持ちがあるからこそ、「逃げ」に耽溺することなく、程度や頻度を控える事ができるわけです。でも「逃げ上等」と思ってしまうと、逃げるほうがラクだから、苦しい現実に戻ってきにくくなると思います。

 実際、上のカウンセラーさんも、まだ小さいお子様が複数人おられるのですが、子育てからは目を背けておられるご様子。カウンセラー業、セミナー業のほうがはるかに楽しく、地味な子育てなんかやってられないのだと思われます。子育てから目を背けた弊害は、今すぐには出ませんから、カウンセラーさんは、その危険に気づいておられません。だから、家事育児から逃げたい主婦の方々に、堂々と「逃げていいよ~。問題ないよ~。逃げたほうが自分の人生の幅が広がるよ~。逃げずに我慢してやりたくない家事育児ばかりしてると、人生の幅を狭めるよ~」と仰るわけです。

 

 主婦をしていてつらい理由の一つに、社会参加している実感が持てない事があります。そこを突いているわけです。うまいです。

 

 でも。主婦が外に逃げてしまったら(行動だけでなく、気持ちの上でも)、誰が家事育児をするのでしょう。家族の中の大人はまだいいです。自分の面倒は自分でみれますから。主婦が外に逃げるとその弊害は、子供達にふりかかります。発達障害児なら尚更強く弊害が出ます。

 私はいつも書いていますが、家事育児は貧乏くじなのです。士農工商で言えば、「農」です。素晴らしい仕事と持ち上げらますが、実質的には労多くして見返りは少なく、誰からも認められることのない苦しいだけの地味な労働です。

 しかも今の時代は、自己啓発流行りで、主婦の方に対する「逃げていいよ~」の大合唱なので。それに耳を塞いで、淡々と自分の役目を果たし続ける事は、そういうものが無い時代よりも、さらに厳しいと感じます。

 

 辛い人生において、多少の気分転換は必要だけれど、自分自身が「これは逃げかも?」と感じるなら、それは「逃げ」だし、「逃げ」だと思うなら、程度は控えるように常に気を付ける必要があります。「逃げ」は簡単にエスカレートしてしまうからです。逃げがエスカレートしたら、人生が破綻します。そうなっても、カウンセラーさんは責任をとってくれません。

 

 では。辛い人生を生き抜く為には、どうしたらいいのか。

 まずは、その「辛さ」に正面から取り組む事だと思います。

 何故「自分の人生は、辛い人生になってしまったのか」について、真剣に考え、自分の決断や行動を反省し、同じミスは二度としないように気を付ける。それだけでも、その後の人生はだいぶ変わってきます。

 現実問題の辛さについては、具体的に一つひとつ解決していきます。例えば、働きたいのなら、義母さんを当てにせず、子供を預かってくれる場所を探し、預けて働けばいいわけです。義母さんなら無料だからと、義母さん以外の預け先を利用するのは損だという、その考えがおかしいわけです。自分も働いて、その分家事をラクにする家電を揃えれば、大分違ってくると思います。今時は、洗濯から乾燥まで全自動でやってくれる洗濯乾燥機もあるし、食器洗い機もあるし、自動掃除機もあるし、使いこなせばだいぶ楽になります。

 現実の人生が辛いなら、過去の自分の選択や行動を反省する。そうして、今後の人生を更に悪化させない歯止めを打つ。その上で、今の目の前の問題を具体的に一つひとつ解決する。

 自己啓発セミナーも、気晴らしや気分転換に参加するなら、それは問題ないと思います。でも、それが逃げの手段になっているなら、何の解決にも発展性にもならないので、やめたほうがいいと個人的には思います。

 辛い人生における「逃げ」の是非は、だから「非」です。

 先のカウンセラーさんの言うように、「みんな逃げてるよ~」というのは、「だから大丈夫」という事にはなりません。「赤信号みんなで渡れば怖くない」わけないのと同じです。赤信号は、やはり止まったほうが安全です。

 ハッキリ言って、日本で今だかつてないほど自殺者が増えているのは、何故なのか。辛い人生から逃げてしまって、もうどうしようもなくなって追い詰められて、というケースが多い気がします。この場合の「辛い人生から逃げた」のが親であり、弊害を受けて追い詰められたのが子供であるケースも多いと思います。また、上に立つ人間が逃げて逃げて、下の人間に弊害が押し付けられて下の人間が追い詰められた、というケースも多い。

 辛い人生ほど、まず反省と改善。それでそれ以上人生が落ちる事を防いだ上で、一つひとつ目の前のことを解決していく。その間に、多少の気分転換はあっていいけれど、自分が「これは逃げだな」と感じるほどであれば、危険なので引き返すほうがいい。私はそう思います。

 

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 ちなみに。例えば子供が苛められた時に、万端手を打っても解決しない為に転校という手段を選択するのは、「逃げ」ではありません。それは、具体的解決方法の一つだと思います。この場合「逃げ」にあたるのは、親が何もしない事、です。子供が苦しんでいるのに気付いていながら、子供から言いださない限り「何も問題ない」事にしてしまうこと、それが「逃げ」です。

 「逃げ」はだから、表面的にはラクでありながら、心の奥底では「これでいいのか?」という不安を抱える事になります。逃げたところで、自分の実人生の問題は何一つ解決していない事は、自分自身が一番よく分かっているからです。従って、逃げている間は心底寛いだ日々を送る事はできません。「逃げ」からは生きる気力が湧かないのはそのせいで、先のカウンセラーさんの言う「逃げが駄目だという思いこみ」のせいではありません。