書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

風邪のことと母のことと本のこと。

 今日はいいお天気ですね。抜けるような青空とはこの事。でも日差しは強いので、ベランダに出るとかなり暑い。家の中にいる分には、サラサラと乾燥した空気が気持ちよく、半袖に薄いカーディガンを羽織ったぐらいでちょうどいい気候。いや、快適。

 昨日ひいた風邪は、風邪薬を飲み昨日一日大人しくしていたら、今日はだいぶマシです。昨年の自分のブログを見たら、昨年も同じタイプの風邪を同じ時期にひいていてビックリしました。喉のイガイガ・全身の倦怠感・お腹痛。ひいた原因まで同じ。9月になって涼しくなって嬉しがってアチコチ神社参拝に出かけまくって疲れたから。

 馬鹿ですね~。

 昨年は、来年は気を付けよう、マスクもしよう、と書いてあったのですが、すっかり忘れていました。

 おそろしいことに、昨年はこの不調、3週間も続いたと書いてあり。3週間?嘘でしょ? 今年はそこまで長引かせないように、ひいた最初に念入りに養生します。とはいえ、今年は一日で大分回復しているのですが。。いやいや、浮かれてまたぞろ悪化させてはいけないので、油断せず養生続けます。

 ということで、私の風邪ネタはこのへんにして。

 先日、母と電話で話した時の事を書きます。母に、息子の受験の事をすごく聞かれまして。大阪天満宮に絵馬の奉納に行って来てくれるそうです。高校受験の時も、やってくれたんですよね。私や姉の受験の時は、そういう事は何もしてくれなかった母なのですが、孫にはやってくれる。孫となると、余裕が出てくるのでしょうか。

 大学名や学部の話から、将来どうするつもりなのか、という話に至り、私が、「こうこうこういう方面を考えていて、これなら人様に迷惑かけずに本人の能力を活かして自立できると思っている」という計画を伝えたところ、母はぽろりと「私(母自身)は、あなた達に何も考えなかったわ。無責任だったわ~」と言いました。つい言ってしまった、という軽い口調でしたが、ああ母自身、自分が無責任な親だったという事は分かっているのだな、と思いました。

 でも、実際の子育て中は、なかなか正面から責任取るというのは、しんどい事なのだと思います。子供の自立心を養う、みたいな言い訳で、放任放置してしまいがち。親が逃げちゃうんですよね。それも仕方ない。人間、そんなに強くないから。

 最近読んだ糸井重里さんの本「忘れてきた花束」に、こんな文章がありました。

「じぶんが正しいかどうかについては、じぶんだけで決められることはなさそうだが、じぶんが誠実かどうかについては、じぶんだけでほんとうの答えがわかるはずだと思う」

 これは、子育てにも言える事だなあと思いました。

 正しい子育てなんて、誰にも分からないわけです。でも、自分が子供に対して誠実であるかどうかについてだけは、自分にハッキリ分かるはずだ、と。

 正しい子育てなんか無いんだから、どんな子育てだって正解なんだ、と逃げることはできるけれど、誠実かどうかだけは、逃げられない。自分ではっきりわかるから。

 糸井さん自身も好きだけど、この本も大好きです。 

忘れてきた花束。 (ほぼ日ブックス)

忘れてきた花束。 (ほぼ日ブックス)

 

  もうひとつ、いいなと思った文章を。

「自己肯定感は、目覚まし時計一発で起きることから始まる」

 

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