書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

してはいけない事の濃淡

 前回の記事の続きです。

 ドクターの話で、なるほどなーと思った事があったので、備忘録として書いておきます。

 私が、「息子は、暴力はいけない、とちゃんと理解しているのに、どうして私を叩いたり噛んだりするのでしょう?」と聞いたところ、ドクターはこんな話をして下さいました。

 してはいけない、という事は、沢山ある。例えば、廊下を走ってはいけない。人の悪口を言ってはいけない。等々。

 でも、急いでいる時なら、ちょっとぐらい廊下を走ってもいいだろうし、場合によってはちょっとぐらい人の悪口を言ってもいいわけで。

 そのように、「してはいけない」という事には、濃淡があって、「これはしてはいけない」と分かっていることでも、実はこのぐらいしてもいいんじゃないか、という場合がある。

 息子さんは、そういう感覚で、「暴力はいけない」と分かっていて、でも、「これは特別だから叩いてもいいんじゃないか」という風に無意識に思っている可能性はある。

 なるほどなーと思いました。つまり、発達障害の人は、この「してはいけない事の濃淡」が分かりにくいのだと思います。自分では、淡いほうをやっていると思っていても実際にはそれはバリバリ濃いほうである、という。「してはいけないとは言うけれど、みんなもやってるからいいじゃん」でやるわけですが、みんなは淡いほうをちょっとやってるだけなのに対し、自分はバリバリ濃いほうをやっている。この違い、この差が分からないのが発達障害の人に多いのだと思います。

 そういえば、いつも遅刻してくる人が、不思議で仕方なかったのですが、あれも濃淡がわからないケースなのかもしれないと思えば、納得できます。「遅刻は悪いことだとは知っているけれど、みんなも遅刻はするやん。だからいいやん」という感じなのかな。でも、みんなはたまに数分遅刻するだけなのに対し、その人は、毎回30分とか1時間とか、場合によっては何時間も遅刻してくるのですが、、、。濃淡が分からないと、全部が「遅刻」一色になるので、「みんなもしてるし、いいやん」という事になるんだろうなあ。

 

 また、「どうして私だけを叩くのでしょう」とドクターに聞いたところ。

 お母さんが一番身近だから、というのもあるし、身近でもお父さんを叩かないのは、お父さんに仕返しされるから、お母さんは仕返ししてこないと分かっているから、でしょう。 

 まあ、、そうなんでしょう。私としては、仕返ししたらまた仕返しされ、双方が怪我するだけなので、仕返しはしませんが、その代わり、次回暴力を振るわれたら家を出ると言ってあるので、まあ、仕返しと同じですね。暴力を振るわれるのを阻止している効果はあるでしょう。

 ただ、阻止するだけだと、息子にストレスがたまってしまうので、そこをなんとかしたいと思って、今回服薬することにしたのですが。

 何が正解かは分からないですが、一つひとつ具体的に進めていくしかないですね。専門家にも相談し、自分達でもあれこれ悩み考えながら。

 

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