書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

子供に反抗される理由

 (自分の事は棚に上げて)周囲を見回すと、子供に反抗される親には、一つの共通点があるように思う。

 それは、「子供からの質問にきちんと答えない」という事。

 「あなたは知らなくていいの」「これは大人の話だから」「子供が口出しするんじゃない」「色々複雑なのよ」「あなたにはまだ分からない」等々の言葉で、子供からの質問を、シャットアウトする。

 本当は、別に複雑でも何でもなく、大人にしか理解できない話でもないのに。ただ、親自身にとって、都合の悪い事を言わなくてはいけないから、もしくは、ただ単に、子供なんかに丁寧に説明する手間と時間が面倒くさいから。子供からの質問を、シャットアウトする。

 そういうタイプの親は、子供から見限られる。子供が親に素直に質問してくるのは小学生までで、中学生になったらもう、親に何も聞かなくなる。どうせ答えてくれないと分かっているから。そして、自分の質問に答えてくれなかった親に対し、自分も答えない無視する、という対応に出る。

 子供から手酷く反抗され、死に目にもあえなかったお母さんを知っている。その人はお子さんが小学生の頃に離婚したが、その理由を、お子さんから繰り返し聞かれても、答えなかった。離婚について自分にも非があったという事を、子供には言いたくなかったからだと思う。自分の判断ミス、自分の間違った行い、自分の愚かさ、そういうものを、子供には言いたくなかったのだと思う。でもそのせいで、お子さんから生涯恨まれる羽目になった。 

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 親も人間である、という事を、早い段階で子供に知らせるほうがいいと私は思う。

 それは、「人間だから出来ない事もあるのが当然。だからあなたも我慢して」という方向に使うのではなく、「人間だから間違う事もある。判断ミスも犯すし、愚かな事もやってしまう。私の愚かさのせいで、あなたに迷惑をかけて本当に申し訳ない」ということだ。

 親が沽券をふりかざして自分の過ちを隠すと、早晩、子供に反抗される事になる。

 露悪的になる必要は全くないが、自分の過ちや間違いは、正直に子供に申告し、謝り償う覚悟を、親は常に持っていたい。子供に対して恥ずかしい、とか、言いたくない、という事ほど、子供に言うべきだと思う。それで子供が親を馬鹿にすることはない。むしろ一つ賢くなる。それが一つの経験値になる。

 また、親は子供に、自分の弱点や弱みを明かす事になるから、今後同じ弱さ故の失敗や過ちは、犯せなくなる。子供から、手酷く批判されるのが分かっているから。それが、親にとって「行動を正す助け」になる。子供に対して恥ずかしいことはできない、という思いは、けっこう大きな力になる。親のプライドにかけて、弱さに転ぶ事はできなくなる。

 でも、プライドを間違った方向に使うと、子供に自分の非を言わない、という事になってしまう。でも、「私はあなたの事を大事に思っているのだ」と子供に百万回言うその言葉よりも、子供に聞かれた事を正直に丁寧に答える行為のほうが、子供からの信頼感を得るうえで、「上」なのだ。プライドの使い方を間違ってはいけない。

 子供は何も分かっていないようだが、ちゃんと分かっている。何が正しいプライドで、何が間違ったプライドか。何が勇気で、何が狡さか。

 自分にとって都合が悪い事を聞かれた時、はぐらかして答えない、という行為は、「嘘をついたわけではないからOK」と見做されているかもしれない。でも、「言えるのに言わない」というのは、「嘘を答える」のと、同じことだ。特に、言わない理由が、自分のプライドを守る為であるなら、それは最低の行為で、後に子供から犯行される芽となる。

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 子供からの質問をはぐらかして答えない習慣を持っている親は、将来、「なぜこんなに反抗されるのだろう、子供が何を考えているのか言ってくれない」と悩む事になる。

 私の周囲で、お子さんから反抗されて悩んでいるお母さんは、ほぼ100%、上のタイプだ。そういう人は、私と話していても、自分に都合が悪い部分は言わないので、よく話のつじつまが合わなくなる。何でも自己正当化に曲解してしまうので、話していて「え?」と戸惑う事も多い。私のような他人は、多少腑に落ちない気持ちはあれど「ああそういう人なのね」で終わればいいので特に害はないが、子供はたまったもんじゃないだろうなあ、と思う。母親に対するフラストレーションが、日々刻々とたまっていくだろう。

 将来子供から反抗されたくなかったら、子供が生まれたその日から、「子供から聞かれた事には誠意をもって答える。子供だからとないがしろにしたり、はぐらかしたりせず答える。自己正当化で曲解した話をするのではなく、ありのまま親自身の非を伝える。言いたくない事、隠しておきたい事こそ、子供には正直に話す」という事を、心がけておけば良いと私は思う。簡単な事だが意外と難しい。

 とはいえ、これは私の意見なので、「子供相手に、そこまでしたくない」という人も、それはそれでいいと思う。それはもう、個人の自由采配の部分だから。

 ただ、自分が子供に対して、腹を割って話さなかったのなら、自分も子供から、腹を割って話してもらえなくなるのは、これは当然の帰結というものだから、後に子供に反抗される覚悟の上で、それでも話さない、という選択をしたという事を、親は分かっているべきだと思う。

 子供から反抗されるという選択を、親自身が先にしていたのだ、という事を、親が分かっていることだと思う。人のせいにしない、という事は、特に子育てにおいて、とても大事なことだと思う。