書くしかできない

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「ケーキの切れない非行少年たち」宮口幸治著

 

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

 

  少し前から気になっていたので、読んでみました。読めば読むほど、「そうだよね」「納得」「まさに!」という感想が湧いてきました。

 (*注・本書の中では発達障害と知的障害が同時に語られていて煩雑になるので、ここでは「発達障害」で代表して書きます。ここで発達障害と書いている部分は、知的障害も含んでいる事をご了承ください)

 著者は児童精神科医で、大阪の代表的な精神科病院で児童精神科医として勤めた経験をお持ちです。そこは発達障害児を診れる大阪唯一の専門病院で、外来初診は本書によれば4年待ちで「病院として機能していない」と書いてあります。が、その病院は私の息子が2歳の時の初診は、5年待ちでした(診断がついて療育を申し込むと更にそこから5年待ち。2歳児が中学生になって初めて療育を受けられるという状態で、確かに当時から、病院として機能していませんでした。でも大阪で発達障害専門の病院はそこだけなのでそうなるのです。仕方なく息子は総合病院の小児外来に掛かりました)。でも、5年待ちが今4年待ちになったということは、少し改善したのかな?と思ったりしながら読みました。

 著者は、病院勤めの他、少年院で法務技官として勤務したり、医療少年院で医師として勤務されています。

 つまり著者は、発達障害を疑って来院する子供と、障害に気づかれずに育ってしまい非行や犯罪を犯した少年(少女)と、双方を診察するという事を、長年やってこられた方なのです。その著者が気が付いた事は、「非行少年の犯罪の理由の多くが、発達障害を見逃されて育ってしまったことによる、二次(三次四次)障害の結果である。また、こういう少年達に、従来の『認知行動療法』を行っても効果が上がらない。何故なら、そもそも彼等の認知機能に障害があるからだ」という事です。

 認知機能の障害、という事を、具体的に本書では、こんな風に説明されています。少年院の少年達(つまり幼児ではなく10代)に、下記の左側の絵を見せ、「同じものを書き写して下さい」と頼むと、大抵はみんな、右側のようなものを書くのだそうです。見本の絵を見ながら書いているのに、右側のようになるのだそうです。

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 認知機能の障害、とは、こういう事を言うのだと著者は説明しています。つまり、事実を、歪んで捉えてしまう。事実認識の受容時点ですでに間違っている為に、その後の行動が全て間違ってしまうのです。

 また、著者は別の例も挙げています。少年達に〇を書いた紙を見せ、「これがケーキだとして、3等分するにはどうしたらいいか」を尋ねると、下記のような線を引くのだそう。普通なら、ベンツのマークのような線を入れるはずなのですが。何度やり直させても、こういう線になるのだそうです。幼児ではなく10代です。

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 こういう子供達は、成長時に、様々な問題を抱えます。著者によれば、子供達のサインの出し始めは小学校2年生頃からだと言います。重度の発達障害児は幼児から問題が出てきますが、軽度やグレーの障害児の場合、明らかに問題が出始めるのが小2という事です。

 軽度やグレーの発達障害児が、全児童の何割にあたるのか、と言えば、著者によれば、14%だそうです。IQで言えば70以上85未満。70以下は重度中度となり、割合は全体の2%です。つまり、発達障害児の割合は全体の16%で、その中で、軽度の児童の割合が14%という事です(私は以前から、6人に1人が発達障害児と把握していたのですが、この数字と同じでした)。

    IQが高い発達障害児もいるので、この数字も正確ではありませんが、、、。

 この軽度の児童において、保護者の意識が高く、病院に連れていき何らかの支援を受けさせてもらえた子達は、少年院には行きません。逆に言えば、この14%の子供達のうち、障害を認めてもらえず、支援を受けられなかった子供達が、最終的に非行に走り少年院に送られ、少年院で受ける行動療法でも効果がなく、少年院を出てもまた犯罪を犯してしまう、という不幸な流れが生まれているのだそうです。(支援を受けられなかった子供の全てが非行に走るわけではありません)。

 もちろん、病院に連れていってもらえた児童、支援を受けられた児童ですら、適切な育てられ方をするわけではありません。というか、軽度の発達障害児に対して、今現在、何らかの効果的な障害を軽減する方法は、見つかっていないのです。それでも、親が子供を受け止め、思いつく限りの支援をすることで、子供が二次障害に陥る事を防ぐ事が可能なのだそうです。一時障害である発達障害特性は犯罪には結び付きません。そこで持ちこたえていれば、子供を非行に走らせる事は防げるのです。

 でも、親から支援を受けられなかった子供達は、二次障害三次障害と進んでいく。

 ちなみに、二次障害三次障害とは、こういうものだそうです。

一次障害:障害自体によるもの

二次障害:周囲から障害を理解されず、学校などで適切な支援を受けられなかったことによるもの

三次障害:非行化して矯正施設に入っても更に理解されず、厳しい指導を受けいっそう悪化する

四次障害:社会に出てからも更に理解されず、偏見もあり、仕事が続かず、再非行に繋がる

 

 著者は、現在問題となっている「子供を虐待する親」の何割かも、発達障害問題がからんでいると言います。子供が発達障害である、という場合だけでなく、親自身が発達障害である、というケース、また親子で発達障害である、というケース。

 こういう人達を、どうしていったらいいのか。

 本書の後半には、その方法が書かれています。例えば小学校で、勉強が分からない生徒に、その単元だけを徹底的に繰り返しさせることで、問題は解決しないのだそうです(例えば、漢字が書けない子供に、何度も漢字の書き取りを繰り返させるとか。計算が出来ない子供に、何度も計算問題を繰り返しさせるとか)。そもそも大前提の認知機能の障害を改善する方法を考えないといけません。具体的な方法については、本書に詳しいので、ぜひ一読されて下さい。

 また、本書には、学力面以外の支援の具体的方法についても、詳しく書かれています。なるほど、これは効果的だろうと思うものばかりです。私の息子が小さい頃に、この本が発売されていたら、と思わずにはいられません。

 

 この本には、非行少年に共通する特徴も書かれています。その中で、印象的だったのは、彼等の「不適切な自己評価」です。自己評価が不適切な為、自分を変えたいという動機づけも生じないのだそうです。これは、非行少年だけでなく、一般に生活していて人とトラブルが多い、という人も持っている特徴だと思われます。

○自分のことは棚に上げて、他人の欠点ばかり指摘する。

○どんなにひどい犯罪を行っていても、自分は優しい人間だと言う。

○プライドが変に高い。変に自信を持っている。逆に、極端に自分に自信がない。

 

 衝撃的だったのは、酷い犯罪を行った少年達(連続強姦、一生治らない後遺症の残る傷害、暴行、放火、殺人)のなんと8割が、自分の事を、「優しい人間」だと思っているという事です(本書41ページ)。冗談ではなく、本気でそう思っているのだそうです。何故そんなことになるのか。この本にはその理由が書いてあります。また、そういう少年達を今後どうしてあげたらいいのか、また、我が子をそうさせない為に親はどうしたらいいのか、について、詳しく書いてあります。

 興味のある方はぜひ一読されて下さい。ただ、シビアな事実が書かれているだけに、読むと苦しくなる方も、おられるかもしれません。そういう方は、慎重になさって下さい。それだけ力のある本です。