書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

息子の成長、また一つ

 先日来、学校で少ししんどい思いをしている息子です。具体的な事は書けないので申し訳ないですが。

 息子に落ち度は全くなく、原因の99%は担任の先生の怠慢(苦手な事から逃げて放ったらかしにしていたツケ)、あと1%は運が悪かった、という感じなので、余計に息子には納得できないしんどさが被さっているのだと思われます。息子のことは本当に不憫で、私は担任に対して殺意に近いものを感じてすらいるのですが、今現在、息子に対して私がしてやれる事は何一つないので、ただ見守るしかありません。

 外でしんどい状況になったので、息子は家で、私にしつこくからむ、という悪癖を再発しました。昨日の夜です。

 直接的には、今しんどい事とは関係のない話で、かつ、それを話題にする事は私にとって不愉快な事ばかりを、次々に私にぶつけてきました。不愉快だし、答えずらいし、すでに過去に何十時間も話して結論も出て息子も得心しているはずの事を、またぞろ蒸し返してくるのです。それを話しても何の役にも立たない、ただただ私にしんどい思い、答えずらい事を私にぶつけて考え込む事さえ許さず間髪いれずにすぐ答えろ、と迫る。それを延々繰り返す、という彼の悪癖。

 30分ほど息子の相手をして、「ああ、悪癖が再発したな」と確信した私は、これ以上、この相手をしてはいけない、と、ひとまず席を立ちました。

 キッチンで洗いものなど始めた私を、息子は追いかけて来て、

「お母さん、どうして機嫌が悪いの。今日は機嫌が悪い」と責めてきました。私は、

「機嫌が悪いのではなくて、嫌な話題ばかりあなたが選んで話すから、不愉快になっただけの事。誰だって、不愉快な話ばかりさせられたら、不愉快になって当然。お母さんは、楽しい話題で話せるなら、不機嫌にはならない。あなたが不愉快な話題ばかりお母さんにぶつけてくるから、不機嫌になっただけ。何が不愉快かというと、その話はもう何度も話して結論も出て、あなたも納得したはずなのに、またそれを蒸し返す事に意味はないから。意味のない行為をさせられる事はとても不愉快。あと、その話題って、お母さんにとっては話したくない事ばかりだから」と答えました。

 息子は、「どうして話したくないの」と聞くので、

「お母さんの身内の、失敗した話とか、欠点についてとか、不幸になった話とか、そんなのばかりだから」と言いました。

 息子は、「でも、僕がこの前、〇〇さんの欠点について話したら、みんな笑ってくれたやん」と言うので、「〇〇さんは、お母さんの身内でも何でもない赤の他人だし、その場に〇〇さんはいなかったし、欠点といっても『話しが長い』程度の軽いものだったから。それでもあの場に、〇〇さん自身や、〇〇さんの家族がいたら、〇〇さんの欠点が話題にされたら、誰も笑わないし、みんな不愉快になったと思うよ」と答えました。

 こんな事は、小学生でも自然に分かっている事なのですが、人の気持ちを理解する事が難しい息子には、丁寧に噛んで含めるように説明しないと分からないのです。

 息子は、理屈理論では私に叶わない、何を言っても私にはね返される、私に絡む事ができない事にイラつき、戦法を変えてきました。

「じゃあ、僕は、〇〇おじさん(開業医で裕福で自由人)になりたい。〇〇おじさんになったら、何をしても誰からも怒られないから」と何度も私に言ってきました。

 私は息子に、「そもそも、『他人になる』という事は不可能でしょ。言うとしたら、『〇〇おじさんのようになりたい』、でしょ」と、これも過去何千回と息子に言ってきた事を、また言い、「〇〇おじさんはお医者さんで、沢山の人を助けているから、多少の身勝手は許されるのよ。これも前に何度も説明したけど」と言いました。

 息子は「じゃあ、僕もお医者さんになりたい」と言うので、「無理だって事も、前に何度も話したでしょう」と私は息子に言いました。学力云々は別として(学力も足りませんが)、人の気持ちの分からない息子が医者になる事は絶対に止めるべき、医者は患者さんとコミュニケーションをとる事が仕事の多くを占めているので、それが出来ない息子のような人間は医者には向いていない、と、過去に何度も話して、息子も分かっているのに、またその話題です。

 息子は、「じゃあ、僕は、生まれつき、お医者さんになれるような人間になりたかった」と言います。「〇〇おじさんみたいに、生まれつきお医者さんになれるような人に生まれたかった。そしたら、僕がどんな我儘を言っても、許してもらえるから」と。これまた短絡的なことを何度も言います。

 私は、息子に、「あなたが『生まれつき持っていない』ことを、数え上げても仕方ないでしょう。あなたが『生まれつき持っている』ことを数えるほうがずっと有益だよ」と言いました。「あなたにはまず、『両親がいる』し、『好きな大学に行けて好きなだけ勉強できる程度には家が裕福』だし、『一度見たら忘れない記憶力』もあるし、『素直で前向きな性格』も持ってる。これは、必ずしも誰しもが持っているものではないんだよ。親がいない子もいるし、勉強したくてもお金がない子もいる。暗記が苦手な子もいるし、ひねくれた後ろ向きの性格の子もいる。そういう子達から見たら、あなたはどれだけ沢山の良いものを持っているか、考えてみたら。しかもそれらは、あなたが努力して手に入れたものではないんだよ。あなたが、生まれつき持っているものなんだよ」と。

 それから「〇〇おじさんの家は、あまりお金のない家だったから、おじさんは、お金をかけずに医者になる為に、ものすごく努力して国立大学に行ったんだよ。それに、おじさんは、あなたみたいな記憶力は持ってないよ。お母さんが学生の頃、英単語の暗記方法をおじさんに聞いたら、『繰り返し覚えるだけ。自分もそうした』って言ってたもの。あなたのように、見たはしから自動的に頭に記憶されていくような脳は、おじさんは持ってないよ」

 ここで、息子は少し黙りました。今まで、何かに憑かれたように話しまくっていたのがおさまり、少し考え始めました。

 私はこの機に、息子が学校で置かれているしんどい状況についても、話しておこうと思いました。「あなたが今置かれている状況がしんどいのは、気の毒に思うし、あなたに罪はないから、余計にしんどいと思う。でもね、不幸な事があった時は、その不幸に囚われても無意味。不幸なんてのは、一定の割合で、誰にでも起こる事なんだから。大事なのは、その不幸から、何を学べるか、という事。その不幸の中に、自分が反省すべき点を探しだして、それをしっかり自覚し、今後に活かせばいい。不幸な事自体は忘れてしまって、ただ自分の反省点だけをしっかり覚えておき、二度と同じ不幸が我が身に起こらないように注意すればいい」と、私は息子に言いました。

 さらに「今回の事のお母さんの反省点は、もう少し、担任の先生に、しつこく要望を伝えて担任の先生に強くプレッシャーを与えれば良かったと思う。少し遠慮してしまって、1~2回しか言わなかったから。もっとしつこく、何度も何度も言っておけばよかったと思う。お母さんは、クレーマーとか過保護親とかに思われたくなくて、遠慮しちゃったのね。自分のことが大事だったの。自分が先生から、嫌な親だと思われたくなかったの。それがお母さんの反省点。

 あなたの反省点があるとすれば、やっぱり学校行事を休んでばかりいた事が、大きいと思う。そのせいで、先生は、あなたの事を、軽く見るようになったんだと思う。どうせ行事を休むヤツだ。頑張れない、情けない、低レベルの生徒だ。こっちが一生懸命やってやるだけの価値のない、サポートし甲斐のないヤツだって。あなたが歯を食いしばって行事に参加してたら、その頑張りは必ず人に伝わるし、先生のあなたへの見方も変わったと思う。苦手な事から逃げれば、ただ単にそれが出来ない、というだけでなく、その後の状況にも大きく影響するのよ。苦手な事から逃げずに頑張れば、ただ単にそれが出来るというだけでなく、その後に広がるあなたの人生に、どんどん良い影響を与えていくものよ」

 息子は、私の話を聞いていて、更に自分でも考えてこんな事を言いました。

「僕、友達を作らないのも、駄目だったな。一人のほうがいいから、色々誘われても断ってたし。僕が友達を作ってたら、今回のことも助けてもらえたと思う。人と喋るのは苦手だから逃げてたけど、だから今回も誰にも助けてもらえなかったんだな。僕、これからは誘われたら喋ろうかな。友達作るように努力しようかな」と。

 ひえ~。息子からこんな発言が出るとは、思ってもいなくて、私は驚きました。この子は一生、孤独に生きていくものだと思っていました。

 息子は高校になって初めて、一緒に下校する友達ができたのですが、毎回その子が誘ってくれるものの、誘ってくれても毎回一緒に帰るわけではないのです。誘いにのるのは週に一度程度で、後は断って一人で帰っている。休憩時間に、お菓子を持って話しかけてくれる子もいるそうですが、話しが苦手な息子は、お菓子だけもらってお喋りはしないのだそう。朝も、いつも早目に登校する息子は、教室に入ると、まだ数人しか来ていないのだとか。息子と同じように早目に登校する事を好むその数人と、朝のひと時、雑談でもして過ごせばいいのに、と私が言うと、うん、と言いつつやっぱり誰とも話さないのだそう。学校の廊下を歩いていると、時々、息子に、話しかけてくれる他クラスの子もいるのだそう。息子はちょっと変わった趣味を持っていて、それを知っている子は知っていて、同じ趣味の子が話しかけてくれるのだそうですが、息子はささっと逃げてしまうのだそう。

 そういう事を息子は話して「でも、これからは、ちょっと話してみようと思う。友達を作ろうと思う」と言いました。

 私は「そうだね。今までは、お母さんは、しんどい事は無理してやらなくてもいい、っていう方針であなたを育ててきたけど、これからは、しんどい事もちょっと頑張ってやってみてもいいかもね。ちょっとぐらいは無理してもいいかもね。少しそういう方向に、考え方を転換してもいいかもね。今回のことは、そういう風に考えを転換するいい機会になったと思えば、益も多かったと思えるね。あなたの長い長い人生からしたら、今までの時間なんて遊びみたいなものだから。これからが本番だから。本番に入る前に、大事な事が分かって良かったね」 

 息子は「うん。今から考えると、小学校の頃なんて遊んでただけな気がするから、大人になって振り返ったら、高校までのことも遊びみたいに思うねきっと」

 息子はニコニコ笑っていました。そして、

「あ、こんなにダラダラ喋って時間を無駄にしちゃいけない。やる事一杯あるのに。僕、さっさとお風呂入ってくる」と、ぱーっと走っていきました。

 まるで、この一連の長話は、私が好んで話していて、息子は私の相手をさせられていた、みたいに(笑)。お前が私に絡んできたんだろうが、と息子に言いたかったですが、それはまあいいです。

 しんどい状況になると悪癖が顔を出しますが、そこに耽溺する事なく、自分の頭で考え、冷静にそこから脱出する事が、息子はいつの間にか、出来るようになっていました。いつまでもいつまでも足踏みしているような子だと思っていましたが、思いがけず成長を感じ、安堵した出来事でした。    

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