書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

息子に友達ができた。

 先日、若一神社の楠社に参拝した事を書いた時、「その後、有り難い事がたくさんありました」と書いた。

 で。翌日、その「有難い事」の一つとして、「息子の学校行事が平日に延期されて、息子にとっては有難かった」という内容の事を書いた。

 で。今日はその続き。

 息子にとうとう、初めての友達が出来ました。

 もう、驚くしかない。

 ある日の夕方、息子が高校から帰って来るなり、「〇〇君と一緒に帰った」と言うではないか。

 〇〇君というのは、私も知っている子で、息子が小学校低学年の時、よく我が家に遊びに来てくれていた子達の一人だ。その時の事はこの記事↓に書いた。

 

oinor-i.hatenablog.com

 

 当時の息子はまだ私以外の人とは会話が出来ず、友達と遊ぶ、という事も出来なかったので、数人の子供達が我が家で遊んでいる横で、一人で電車を走らせたりしていた。だから、一緒に遊んでいたというわけではなく、同じ空間で遊んでいた、というほうが正しい。それでもその子達は、息子の事をあれこれ気遣ってくれて、学校の様子なども教えてくれて有難かった。

 4年生以降は自然と遊びに来なくなり(塾等に行き出したのだと思う)、クラスも別れ、中学も別れ、いつの間にか疎遠になっていた。

 その子達の一人である〇〇君が、なんと、息子と同じ高校だったらしい。どういうきっかけか、〇〇君のほうで息子を見つけてくれて、放課後教室まで来てくれて、「一緒に帰ろう」と言ってくれたそうだ。

 小学校が一緒、つまり、家が近所という事で、同じ電車に乗って、おしゃべりしながら帰って来たそうだ。

 誰かと一緒に帰るなんて、息子には初めての事だったと思う。

「緊張した?」と聞いたら、「緊張したけど楽しかった」とニコニコしながら答える息子。「〇〇君、変わってた?」と聞いたら、「変わってたけど、すぐ分かった。いい子だった」と。「今度、ゲーセン行こうと誘われたけど、僕、行きたくないけど、どうしたらいいかな」と聞くので、「ゲーセン好きじゃないからごめん。とそのまま答えたらいいよ」と教えておいた。小学校の頃の息子を知っている子なら、それで分かってくれると思うし、〇〇君のお母さんも私はよく知っているので、後でなんとでもフォローできる。

 「〇〇君、放課後、▲▲でバイトしてるんやって。僕、行ってみたいなあ」と息子が言うので、「行ってみたらいいやん」と言っておいた。「また、今度、一緒に帰ろうと言われたらどうしたらいいかな」と聞くので、「一緒に帰りたかったら一緒に帰ったらいいし、一人で帰りたかったら、『ごめん。今日は寄る所があるから、またね』って言えばいいよ」と答えておいた。

 ここまで書いて、「あれ、これはまだ、友達、と呼べるほどじゃないかな」と気が付いたけれど、もう、友達という事で、押し通します(笑)。

 まったくの初対面の子ではなく、もともと知っている子で、私自身が、「この子は優しい子だな」と知っている子。どれだけでも、親を通してフォローができるし、何より、息子の事を分かっていてくれている子だから、本当に安心できる。息子が変な事を言ったりしたりしても、それを馬鹿にしたりなんかしない子だと、分かっている。

 息子も多分、それが分かっていて、だから一緒に帰れたのだと思う。

 それにしても。誰かと喋りながら歩くとか、一緒に電車に乗るとか、息子にも出来る日が来たのだなあ、と感無量です。そしてそれを、息子が「緊張したけど楽しかった」と感じてくれた事が、本当に嬉しい。また、その子のバイトに興味を持ち、一度行ってみたい、と言ってくれた事も、地味に嬉しい。他人には全く興味を持たない子だったので。また、その子が息子を遊びに誘ってくれた事も。そもそも、一緒に帰ろうとクラスまで誘いに来てくれた事も、何もかもが奇跡のように有難い。

 これが、神社参拝の御利益かどうかは分からないけれど、私は全ての神様に感謝したい。私がずっとずっと願って来た事が、叶いました。有難うございます。本当に有難うございます。

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