書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

愛読していたブログが終わってしまいました。

 愛読させて頂いていた、発達障害児育児ブログが、突然無くなってしまい、とても残念に思っている今日この頃です。

 最後の記事で、批判コメントが多くなり耐えられなくなったので、と、ブログを辞める理由を書いておられました。何も言わずにプイッと辞めてしまう人が多い中、辛くてもちゃんと理由を伝えてから辞められるところに、そのブロガーさんの誠実なお人柄が偲ばれました。

 でも、本当に残念です。

 確かにそのブログは、発達障害児育児の愚痴ブログ、と言っても差し支えないほど、愚痴しか書いていないもので。そのブロガーさんの姿勢を、腹立たしく感じる読者の方が、多かったのだろうと察せられます。

 でも、ブログ以外で愚痴を言う場所が無い、という人、少なくないと思うのです。特に子供に関する愚痴は、夫も家族も聞いてくれませんし、聞いてくれても「自分の子供なんだから、あなたが何とかしろ」とか「産んだのはあなたなんだから、自己責任」という言葉が返ってくるだけ、という状況の人も、多いと思うのです。

 だから、そのブロガーさんが、愚痴しか書かないからといって、責めてしまうのはどうなのかなあ。。

 そのブロガーさんは、自閉の重いお子さんを育てておられ、多動もあって、毎日とても大変だったようです。ウチの息子のように、こだわりからくる癇癪持ちではあっても、基本ニコニコと機嫌よく大人しい子供でも、発達障害児は育てにくく大変なのです。これに重い自閉と多動があったら、毎日は本当に過酷だろうと思われ、応援する気持ちで、ブログを読ませて頂いていました。

 もうあのブログは読めないんだなあ。

 あのブロガーさんは、今後、どこで愚痴を語ればいいのだろう。別のブログを作ったとしても、またそこで叩かれてしまうだろうし。人目につくところではもう愚痴は言えない、という事になると、一人で日記を書くぐらいしかなく、とても煮詰まるだろうと案じられます。

 人様のブログを読んで自分と考え方が違った時、「どうしてそう考えるの?」と疑問に思うこと、あって当然だと思うのです。その疑問は、相手にぶつけるのではなく、自分のブログに書けばいいのになあ、と私は思います。相手にぶつけてしまったら、ぶつけられたほうは、強いダメージを受けるから。ぶつける側は「質問しただけ」の軽い気持ちでも、ぶつけられた方は、何故だかダメージを受けるものです。

 特に心が弱っている場合は。

 確かに、あのブロガーさんの子育てには、間違いが多かった事は、否めません(私の個人的見解です)。そのやり方だとお子さんがかわいそうだな、と思う事、私も何度もありました。そういうやり方をしていると、近い将来、親子ともども大変な事になってしまうなあ、とか、後で後悔されるだろうなあ、と感じる事もありました。また、そういう書き方をすると、発達障害児や、その親全体が、世間から誤解されてしまうな、と思う事もありました(読者数のとても多いブログだったので、世間への影響は大きかったと思います)。お住まいの地域から類推するに、あそこやあそこの療育を利用すれば、母子共に随分ラクになられるだろうに、と思う事も。でも、そういう助言めいた一切合財が受け付けられない時もあります。本当に弱っている時は。だからこちらも控えるべきだと思うのです。

 勿論、そのブログに批判コメントを入れた人達も、多分ご本人達は、批判しているつもりは全くなかったのだと思います。このブロガーさんに正しい子育てを教えてあげたい、アドバイスしたい、それがこの人の為になる、そういう思いが抑えきれず、コメントしてしまったのだと思います。でもそれは、ブロガーさんには「批判」と受け取られるのです。そういうものだと思います。

 なので、私は、ブロガーさんに何か意見を言いにいこうとは思わなかったです。何かアドバイス的な意見を言うと、先にも書いた通り、ブロガーさんが強くダメージを受けてしまうだけで、内容が彼女の耳には(心には?頭には?)届かない事は確かだからです。

 愚痴ブログを読む時は、傾聴の心でのぞむ事が必要ではないかと私は思います。傾聴ができない人は、できたら他人の愚痴ブログは、読まないほうがいいのではないかなあと思うのです。

 ブロガーさんには、今まで書いて下さった事、読ませて頂いた事にお礼を言うとともに、今後の無事な子育てを、心からお祈りします。私も頑張ります。

 

f:id:oinor-i:20180821133552j:plain

 今日は本当に涼しくて、寒いぐらいで、本格的な秋を感じました。