書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

お金のこと少し。

 

 一気に涼しくなりました。長袖でちょうどいいくらい。ソファーに座ってぼーっとしていると、吹き抜けていく風の気持ちいいこと、気持ちいいこと。少しだけ冷たくて、ひんやりと爽やかで。

 あの暑かった夏の日々が嘘みたいです。よかった。秋です。これからしばらく、最高の日々です。

「冷たいドリンク」の画像検索結果

  お金に関して桜井識子さんが本に書いておられますので、ネタバレしない程度に私の解釈を書かせて頂きます。

 「お金を掴む運」というのは確かにあって、それは大きな一つの「運の固まり」として存在している。この固まりは、常時アチコチに、エネルギーのシナプスを延ばしている(脳の神経細胞を繋ぐシナプスのような感じ。アッチとコッチを繋ぐ線で、一定して存在するわけではなく、条件が合うとサッと伸びたり、太くなったりする)。お金が入ってくる人、というのは、この「お金の運の固まり」からシナプスを引っ張ってこれる人。シナプスを引っ張ってくるには、「お金を得る」という強い意志と行動力を持たないといけない。グッと強力に意識を集中して強く強く行動する事で、「お金の運の固まり」からシナプスを自分の方へ引っ張って来れる。(この具体的な方法を、桜井さんは神様にしつこく尋ねられたけれども、今のところ教えて頂いていないそう)。

 とにかく、自分はお金を得るのだ!という、ものすごい覚悟と行動力をお金を得る為に集中して継続的に全力気力霊力で投入しないと、お金の固まりとのシナプスは引っ張ってこれないようです。自分を愛せば入って来る、ブロックを外せば入って来る、みたいなのは、だから多分、違うと思われます。もうとにかく、なりふり構わず、人からがめついだの守銭奴だの言われても一切気にせず、お金を得る事に一心不乱に全力を注げる人だけが、「お金の運の固まり」からシナプスを引っ張って来れるのだと思います。 

 一旦シナプスを引っ張って来れたら、そこからダーッとお金が流れこんでくるようです。だからもう、お金が入ってくるまでは、寝食忘れて人間関係ぶった切ってでも、金・金・金・金と全力注ぎ込む必要があるけれど、一旦お金が入ってくるようになったら、そこからは面白いように入ってくる。流れ込んでくる。そんな感じなのだと思います。

 

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 私が個人的に思うのは、見えない世界と、見える世界の両方に存在しているのモノがあって、それは「電気エネルギー」に近いモノだと思うのです。そのものズバリ、電気エネルギーと言い切ってもいいかもしれないですが。

 人間の意識、思考、が、魂とイコールなわけですが、では意識や思考とは何か?と言えば、脳の中の電気信号です。だとすると、見えない世界で具現化している「魂(霊格)」とは、見える世界では「電気信号」なわけです。

 (見えない世界では)魂=(見える世界では)電気信号。

 少し前に、日光も電気エネルギーに近い、と書きましたが、あれもそうで、見える世界の「電気エネルギーに近い日光」は、見えない世界では「宇宙エネルギー」なのだと思います。同じものが、こちらでは「日光」という姿をしていて、アチラでは「宇宙エネルギー」という姿をしている。共通点は「電気エネルギーに近い」という事で。

 で。お金の話に戻りますが。

 「お金の運の固まり」というのは、見えない世界でどんな風に具現化しているのか分からないですが、コチラの見える世界では、何らかの「電気エネルギーに近いものの固まり」として存在しているのだと思われます。電気エネルギーなので、見えないですが。でも、エネルギー体がある事はあるのだと思われます。コチラの世界でも。

 で。その「電気エネルギー体の固まり」に、タッチできるのは、同じ電気エネルギーである、人間の意識・思考、なのだと思います。生半可な意識思考では繋がれませんが、ものすごく強く力を持った大きく強力な意識思考を作り上げれば、その電気エネルギーは、一瞬にして「お金の運の固まりである電気エネルギー体」と繋がり、そこからシナプスを引っ張ってこれるのではないか、と思うのです。

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  ちなみに、霊格や波動が低くても、「お金の運の固まり」に繋がる事は可能です。というか、「お金の運」からシナプスを引っ張ってくるのに必要なのは、「強力なお金への意識(金!金!金!に集中)」を作り上げる事だけであって、それ以外は関係ありません。悪人でも、お金への意識が強力であれば、お金は入ってくるし、逆に善人でも、お金に対して淡泊であれば、シナプスは繋がらない。お金を得る為には、いい人である必要は全くないです。

 「お金の運の固まり」からシナプスを引っ張ってくるのに成功した後、自分の魂(霊格)について慎重に生きていく方向に転換する人は、賢明ですが、そういう人はあまり多くはないかもしれません。シナプスを引っ張ってくるのに成功したその生き方こそが、正しい生き方だと考えてしまう人のほうが多いでしょうから。なので、お金がある人生が幸せか、と言われたら、そうとも限らないわけです。

 でも、きれい事はいいから、今すぐとにかくお金が欲しい、という人は、なりふり構わず守銭奴になり切る事が、必要なのかもしれません。お金だけしか見ない、お金至上主義という価値観、モラルもへったくれも捨てる、地獄に落ちてもいいからお金だけは得たい、そんな生活を無我夢中で続けたら、おそらくある日、お金がダーッと入ってくる事になると思われます。

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 「何かの運の固まり」というエネルギー体が、多分、何につけ、存在するのだと思われます。その何かに対してとにもかくにも全てを投げ打って集中して自らのエネルギーを注ぎこんだら、その「何かの運の固まり」からシナプスを引っ張ってこれるのだと思うのです。財運に限らず。権力運でも。名誉運でも。研究運でも。成功運でも、何でも。

 これは、努力は必ず報われる、という事とは、全く別の話です。

 何かに対して全てを投げ打って集中する生活を送り続ける、というのは、「努力」ではないのです。しいていえば、「性格、性向、自然な心の向き」です。そこにあるのは、「そうせずにはいられない、やむにやまれぬ熱情」がある。努力は理性です。「運の固まり」と繋がるのに必要なのは、理性ではありません。熱情です。

 なんだかわけのわからない事を、たらたら書いてしまってすみません。個人的見解です。読み流して下さい。こういう事は、いつまででも書いていられるのですが、さすがにこのへんで終わります<(_ _)>。

 

 あ、そうだ。私自身は、「お金の運の固まり」や、それ以外の何につけ、何かの運の固まりから、シナプスを引っ張ってくる、という生き方は、もうしないだろうなと思います。若い頃は、そういう生き方に魅力を感じた時もあったのですが。

 今は、神仏にできる限り近づけるような生き方を、目指したいなと思っています。