書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

「路上のX」桐野夏生著

 これはぜひお勧めしたい一冊です。私は「この本は面白かった」という感じで読書記録を書くスタイルですが(偉そうですみません)、この本に関しては、「他の方にもぜひともお勧めしたい」という気持ちで書きます。

 面白かった、プラス、読書前と後で、私自身が大きく変わった、からです。ものすごく精神的な影響力の強い一冊だと思います。

  

路上のX

路上のX

 

  この本のテーマは、JKビジネスです。親のネグレクト、虐待、育児放棄等から、家にいられなくなった18才以下の少女達が主人公です。多少ネタバレするかもしれませんが、おおよその内容をご紹介しておきます。

 高校1年に進学したばかりの真由(まゆ)は、両親が経済的に行き詰まり、立て直す為に、という理由で、叔父の家に預けられます。しかしその叔父の家も経済的にギリギリの世帯で、真由はかろうじて公立高校には通えたものの、洗濯入浴といった生活に必須な事すら叔父の家ではほぼさせてもらえず、夜は小学生の姉妹の部屋である6畳のすみっこで丸くなって眠るしかない。叔父の家に文字通り、真由の居場所はありません。食事すらもらえず、これ以上ここにいたら死ぬしかないと思い詰め、真由は家出をします。渋谷のラーメン店にバイトとして転がり込み、そこで寝泊まりさせてもらう所から、真由の本格的なJK生活が始まります。

 レイプ、JKビジネスへの勧誘、今夜寝る場所の確保の為に誘ってくれる大人についていくしかない毎日、JK仲間の誰が信頼でき誰が危険なのかの見極め、ギリギリの日々を送る中で必然的に犯してしまう犯罪の数々。

 読み進めるうちに、今夜安心して寝る家がある事、栄養のある食事がとれる事の我が身の有難さを、しみじみ感じずにはいられません。同時に、この同じ日本で、それができない子供達がこんなにいる、という事実に唖然とします(この小説は、事実をもとに書かれているそうです)。

 最後まで読んだ時に、一番私の心に刺さったのは、真由の両親の身勝手さ、でした。「経済的に立て直す為に」真由を叔父の家に預けた、というのは嘘で、本当は別の理由があったのです。渋谷で放浪生活を送っていた真由は、何度も両親の携帯に電話しますが、応答はない。使われていない、と返ってくるだけ。真由は、両親は死んでしまったのではないか、とまで考え、悲しみにくれていました。が、両親は、、、。

 両親の真実を知った真由は、精神的に打ちのめされます。真由の最後はどうなってしまうのか。

 読み始めると途中で読み止める事ができないので、時間のおありになる時に、お勧めします。

 あと、同じ系列で、ノンフィクションの本もご紹介しておきます。鈴木大介さんというルポライターが書かれた本です。こちらも、私にとっては人生観の変わる一冊でした。

 

家のない少女たち 10代家出少女18人の壮絶な性と生

家のない少女たち 10代家出少女18人の壮絶な性と生

 
家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル

家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル

 

  

 劣悪な家庭環境から路上に放り出され、与えられるべき愛情と教育を失い、傷つき、
幼くして自らの人生を自らで切り開いていかなければならない子供達について、 鈴木さんは、2冊の本を書かれています。

  一冊目は、「家のない少女たち」。そういう少女達は、売春を生きる選択肢にしているのだという実態が、書かれています。

 では、少年はどうなのか。それが、「家のない少年たち」です。 端的に言えば、売春に生きる術を見出す少女達に対し、 少年は、犯罪の加害者になることで、生きる糧を得るのです。

 福祉は、彼等には機能しません。

 福祉は、申請制だからです。

 福祉を得ようと思えば、親が申請してやらないといけません。でも、その親自身が知的障害者だったり、薬でおかしくなっていり、親としての義務を怠る自分勝手な人間だったり、貧困ゆえそこまでの余裕がなかったりした場合、誰も申請してくれないまま、 子供は路上に放り出されるのです。そして、その日の寝場所を得る為に、 心のない大人に利用され、苦しみのまま一生を送るのです。 民生委員がいるじゃないか、と思われるかもしれませんが、民生委員は「住所」を持つ人の所にしか行けないのです。 路上に放り出された段階で、彼等には住所がなくなり、というかその前段階で、 彼等の親自身が、定住所を持たない場合がある。民生委員の手からこぼれるのです。 路上に出ていたら、人々の目に入って通報されるじゃないか、とも思われると思いますが、 通報される前に、危ないヤカラの手で見えない闇に連れて行かれるのです。そうなってしまうともう、家のない子供達が存在するという証拠が、表の社会から完全に消えてしまいます。

 世の中はきれい事だけはない。
 でも、一方で、どんな育ちでも心を失わない少年や少女達がいて、桐野さんや 鈴木さんのような方が、その存在を私達に教えてくれるのです。 本の存在が、何かの救いのように、私には思えます。

  犯罪者の中には、完全にどうしようもない人間も沢山いる、と鈴木さんは書いています。その場その場で嘘をつき、人を裏切り、そういう事をしている自覚もなく、 一瞬一瞬で生きて前後の繋がりもなく、覇気も意思も人としての心も何も無い。そういう「卑しい」という以外に言葉のない、亡霊のような人間も沢山いる、と。
 でもなぜその人達がそうなってしまったのか、それはこの国の闇なわけですが、彼等の存在は私達の生活と地続きであり、すぐ隣りにあり、 私自身だとて運が悪ければそちら側だったという事を、折々に思い出します。
  私が今ここに、こうやって小ぎれいに暮らせているのは、私が優秀だったせいでも、心がけがよかったせいでもなく、ただ、私が「家のある少女」だったから、それだけなのだという事を、思い出します。