書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

分からない人に、分かりやすいマニュアルを作るという事

 昨年、息子の学校からの書類の文章が、分かりにくい、という事を書きました。色々提出書類があるのですが、その説明文が、とても分かりにくくて困っている、という内容です。

 ところが、今年は、とても分かりやすい文章に変わっていました。事務のご担当者が変わられたのでしょうか。どの提出書類にも、的確で分かりやすい説明文がついていて、書き間違えようがありません。

 他者批判になってしまうかもしれませんが、先日、こんな記事を読みました。ある学校の事務の方が、書いておられるブログですが、父兄からの提出書類の書き間違いが多い事を指摘して「提出書類ぐらいちゃんと書けよ。手間かけんなよ。毎度毎度おんなじとこで間違いやがって」と怒っておられる記事です。まるで私自身が責められたような気がして悲しかったです。提出書類がちゃんと書けないのは、こちら側だけの落ち度でしょうか、、、。いや、こちら側にも落ち度は多々あると思うのです。そこは認めます。不注意で理解力も低いです。でも毎回みんなが同じ箇所を書き間違うのなら、書き方の説明文が無いせいだとも思うのですが、、。

 「分からない人に、分かるように説明するマニュアルを作る」事って、とても面倒で手間がかかり、書いたものは後に残るので責任もかかってくるし、その割には自分にとってのメリットは何もありません。会社で、その部署に新しく入って来た人の為の、具体的な職務マニュアルをそろえている所って、珍しいと思います。たいていは、先輩から後輩に、口頭で適当に引き継ぎが行われて終わり。

 分からない人に分かりやすく書いた説明マニュアルを作る事って、親切心がないとできないことなのです。どうしてもマニュアルを渡さなきゃいけないって時は、自分が誰かに貰ったものを、内容を新しいものに更新もせず古い情報や内容や不適切な箇所があるままで、そのままコピーして渡すのが関の山。

 「分からない人に、分かりやすいマニュアルを作る」という事は、もう、人助けそのものだと思います。他者に対する深い愛と、自己犠牲精神がないとできないからです。こういうのって、本当に、人間の質が問われることだなあと思います。

 今年の息子の学校の事務のご担当者に、心から感謝です。どなたかは存じませんが、本当に有難うございます。

 自己犠牲精神は、そのまま霊格を上げる方法そのものなので、今年の事務の方は、霊格の高い方なのだろうと察します。きっと神仏に好かれているのだろうなあ。そういう方が、事務の責任者におられる学校に通える息子もまた、とても幸せです。

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