書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

いちからの子育て記録8・幼稚園~小学校時代

 

 今日は、幼稚園~小学校時代に、息子について私が心がけた事を書きます。

 それは、余暇時間の充実、です。

 以前にも書きましたが、息子は、幼稚園や小学校のような集団活動の中では、ほぼ何も学べずにただ大人しく座っているだけという時間を過ごしていました。

 何故かというと、まず、先生の言葉が理解できないからです。幼稚園の頃は文字通り理解できなかったのですが、小学校になっても、先生がクラス全員に話しかける一斉対応だと、息子は、自分に言われているとは感じないようで、内容に耳を傾けるという事をしないのです。息子が、人の言葉に耳を傾けるのは、目の前で相手が自分だけの為に個別に話しかけてくれる時のみでした。なので、幼稚園は勿論、小学校でも、息子は、学校で行われる全ての活動(授業も含め)に、実質的には参加できていませんでした。ただ息子の体だけが、そこに大人しく座っているだけで。

 小学校のクラスを、普通級ではなく支援級に変えれば良かったのですが、当時の息子の小学校の支援級担当の先生が、あまり評判の良い方ではなく(障害を理解していないスパルタ教師でした)、とても子供を預ける気にはなれなかったという事情がありました。小学校で何も学べないのはまだいいとして、不適切な指導をされて息子の心を壊されては困ると私は判断しました。

 また、一斉授業が聞き取れない、というハンデも、学年が上がるごとに少しづつ改善していっていたので、普通級の環境にいさせる事に意味はある、と思ったのです。この判断が正しかったのかどうか分かりませんが、結果的に、今、息子は一斉授業についていけており、この部分でのハンデは克服できています。

 さて。話があちこちしてすみません。戻します。

 こういう理由で、幼稚園~小学校時代は、放課後の余暇の時間を充実させる事に努めたわけです。

 充実とは、具体的に何をしたのかというと、

1.お友達を自宅に呼んで遊ばせた。

2.お稽古をいくつかさせた。

3.大好きな散歩をたっぷりさせた。

4.小学校になってからは、自宅学習を欠かさずやった。

という感じです。

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 幼稚園や小学校に行かせていても、お友達と関わって遊べていないのは分かっていたので、気が合いそうな数名に声をかけて(お母さんにも声をかけて)、我が家に遊びに来てもらっていました。これは、小学校4年ぐらいまで続けました。みんなが我が家でワイワイ遊んでいても、息子は一人の世界で勝手にやっていて友達の輪には入らないのですが、それでも、狭い家の中でみんなが何かやっているのは見ており、時折、中に入ったりもしていました。天気のいい日は、私が子供達を引き連れて公園に行ったり、家でおやつを一緒に手作りしたり、小学校になってからは勉強を見てあげたりもしました。

 息子は、発達障害児にも関わらず、今までイジメにあった事がありません。それは、一つには私が、イジメの気配を察知したら、芽の段階でことごとく摘み取っていた、というのもあるのですが、それと同時に、こうやって、幼稚園の頃から近所のお友達が、我が家で遊んでくれていた事、息子になじんでくれていた事が、大きいように思います。息子が学校で絡まれていたら、彼等のうちの誰かが「〇〇君、こんな事されてたよ」とすぐに教えてくれたし、また、それとなく息子を庇ってもくれていたようです。一緒に遊ばせた事で、息子のコミュニケーション能力が上がったかどうかは分かりませんが、マイナスではなかったと思います。

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 お稽古についても少し書きます。

 私は、息子が何か、心から楽しめる趣味を持って欲しいなあと思っていました。それで、いくつか思いつくままにお稽古に行かせてみたのです。多分、子供が行けるお稽古は、見学を含めると、ほぼ全て網羅したと思います。結果的に息子が興味を持ち、通い続けたのが、ピアノと水泳です。まあ、ありきたり、と言えば言えるのですが(笑)。

 ピアノは、小さい頃から楽譜を初見で読めました。言葉が話せるようになる前から、です。手先指先が不器用なので、ずぐに上手に弾けるわけではないのですが、楽譜を読む速さと正確さは驚くべきものがありました。水泳は、意外にも全く水を怖がらず、とりあえずプカプカ浮かぶのを楽しんでいました。4泳法をマスターするまでには、とてつもなく時間がかかったのですが(後から入ったお友達にどんどん抜かされる)、本人は全く気にせず。本人が気にしていないので私も気にせず(笑)。

 本当に何も出来なかったら、ピアノで食べていけるんじゃないかと思うほど、息子はピアノは今でも好きです。ただ、人に教える、という作業が彼にできるかどかですが。まあ、無理でしょう。水泳も今では格好の趣味になっていて、時間があると一人でプールに行っています。お稽古はさせて良かったと、本当に思います。

 ただ、色んなお稽古を見学したり体験レッスンを受けた際には、しんどい思いも沢山しました。そういう所の先生方は、発達障害に対して何の知識もお持ちではないので、息子が何も出来ない原因を、「お母さんが過保護なせいです」と決めつけられ叱責された事も何度もあります。

 例えば。ある「お絵かき教室」に体験レッスンに行った時の事です。当時、幼稚園の年中でした。息子の前に、白い画用紙と絵具と筆が置かれ、「何でも好きなものを描いていいですよ」と先生が仰いました。が、息子はポカーンです。事前に「言葉が遅いので、私が横についてフォローさせてもらいます」とお断りして、私は、息子の隣りに座っていました。先生は何度も息子に「さあ、描いてみよう」と促すのですが、息子は一向に動きません。多分、「描く」という言葉の意味もよく分かっていなかったし、具体的に何をしたらいいのかすらも、分かっていなかったのです。

 それで、私が、横から手を出して、「〇〇君、何色が好き?絵具、出してみようか」と、息子に尋ねました。とりあえず赤と緑を持って「どっちがいい?」と聞くと、息子は赤の絵具を、ポンと叩きました。それで、私は、パレットに、赤の絵具を少し出しました。息子は当時、靴下も一人で履けない程、手先が不器用だったので、絵具の蓋を開けるとか、絞って出す、という事は無理だったのです。

 その瞬間、先生が烈火のごとく怒って、私にくってかかって来られました。「お母さん。やめて下さい。そういう事は、本人にさせてあげて下さい。ウチのお教室では、お子様一人一人の自主性を、何よりも大事に考えているんです。親が手出しするから、あなたの子供は、こんな、何も出来ない子になってしまっているんです。自分がやっている事分かってます?あなたのせいで、お子さんの人生、台無しにする気ですか。あなたがその出しゃばり癖を直さないと、お子さんは一生、何も出来ないままですよ。それでもいいんですか」

 うん。。そうですね。。としか、私には言えません。道具を片づけ、先生にお礼を言って、帰りました。

 帰り道、私は泣きました。息子は何も分かっていないようだったのが救いです。お稽古探しの過程で、こういう事が沢山ありました。その中で、やっと何とかついていけたのが、ピアノと水泳で、それが今も続いている、という事です。

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 お友達遊びやお稽古は、将来の為にさせていた事なので、息子自身が本当にリラックスできる時間も、放課後には絶対に作らねば、と思っていて、それがお散歩タイムでした。何も持たず、ただ歩く。息子が行きたい方向に、好きなように歩かせました。息子は当時から、小さい子供とは思えないほど沢山歩き、それは今でも続いていて、「健脚」というのは息子の為にある言葉ではないか、と思うほどです。私もお散歩は好きですが、息子には負けます。彼は今でも、時間さえあれば、何時間でも歩いてきます。日曜日の朝、「ちょっと行ってくる」と言って、さーっと出かけていきます。そして半日帰って来なかったりします。帰って来た時は、とても晴れ晴れとした良い顔をしていますので、きっと、お散歩楽しかったんだろうなあ、と思います。

 勉強については、学校では何も身に着けて来れないので、家で私がせっせと教えていました。が、ザルで水をくむごとく、何一つ定着せず、テストは一桁とか、10点とか、20点とか、小学校の間はずっとそんな感じでした。それでも、基礎学力は絶対に大事、勉強の習慣は絶対に大事、と我が身に言い聞かせて、自宅学習を続けていたら、中学になってから突然、教えた事が定着しだし、そうなるとテストでもそれなりの点が取れるようになり、いつの間にかクラスでも前から数えたほうが早くなり、今ではクラスで1番というか、学年で一桁以内になりました(今はさすがに、学校の一斉授業も分かっているようです)

 まあ、勉強だけできてもしょうがないので。息子には、色んな事をバランスよく、これからもさせていきたいと思っています。

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