書くしかできない

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いちからの子育て記録7・療育について

 

 今回は、息子が受けた療育について書きます。

 療育、というのは、主に、幼児期の発達障害児に対して、様々なアプローチをして発達を促してやる教室の事です。日々の暮らしを丁寧に行う事と同時に、様々な療育を受けさせた事は、息子の成長を促す大きな要因になったと思っています。

 息子は、幼稚園などの大人数に先生一人では、大人しく害がない為に放っておかれてしまっていました。言葉の理解が遅いので指示も分からず、せっかく幼稚園に通っていても、結局、何もできずに終わってしまって、何一つ経験を積む、という事ができなかったのです。でも、少人数で手厚く対応してもらえる療育は、息子のような子供が経験値を積む事ができるうように、プログラムされていました。また、すぐに自分の世界に閉じこもって遊んでしまう自閉傾向のある子供にも、適切な刺激を与えて発達を促せるような様々な工夫をして下さっていました。療育には、児童相談所、病院、NPO、民間、などがありました。児童相談所と病院の療育は、それぞれで診断を受けた結果、医師が療育の必要性を感じた場合に、紹介されます。NPOと民間の療育機関については、そういう児童相談所や病院の療育で知り合ったお母さん方からの口コミで知り、申し込むという感じでした。

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 当時は「発達障害」という言葉はまだまだ一般に知られておらず、私も知りませんでした。それで、子供の発達についての相談機関はどこなのか?すら、私には分からなかったのです。私は人に聞いて、まず、児童相談所と病院に、診察予約を入れました。

 ちなみに、児童相談所と、病院の発達外来の棲み分けは、児相が福祉的診断を下す場所、病院が医学的診断を下す場所、どちらも、まずは医師や臨床心理士による検査と、障害名の診断があり、その後、療育的なフォローアップの提案がなされる。病院の場合はあくまでの医療行為としての関わりであるのに対し、児童相談所は、福祉行為としての関わりとなる。そういう事は、随分あとになってだんだん分かって来たのですが、当時はそういう事も何も分からず、とにかく両方に予約の電話を入れました。

 2歳になる前に予約の電話を入れたにも関わらず、実際に面談(というか診察)の予約日が取れたのが、児相が半年後、病院が1年後でした。当時、発達障害の相談(や初診)は、とても混みあっていました。病院の初診など、1歳後半で予約し、初診が取れたのが3歳という、、、。めちゃくちゃだなあと思ったのを覚えています。

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 なにはともあれ、過酷な子育ては続いています。そんな中、やっと児童相談所の予約日が来たので、息子を連れて行きました。2歳半の時です。

 児相では、臨床心理士さんの長い検査を受け、発達遅滞の障害児であるという診断を受け、「この子は小学校へは行けません」と診断されました。目の前が真っ暗になったのを覚えています。 

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  息子は、障害の程度が比較的重い、と判断されたので、療育クラスに入る事ができました。どれも、月に1回とか、3ケ月に一回とか、間遠いのですが、それでも、0ではありません。

 息子は、療育のクラスで初めて、ブランコにも乗ったし、鉛筆も握りました。初めてシルべニアファミリーで遊んだし、トランポリンにも乗りました。幼稚園では20人のクラスで、一日何もせずにただ座っているだけの息子が、療育のクラスでは、多くても5人、しかも児相の場合、一人に1人、先生がついてくれて、やるべき事を、コツコツと、一緒にやってくれるのです。子供達同志に関わりを持たせて遊ばせる、という事もやっていました。ただの遊びでも、それはとても意味のあることだったと思います。療育のクラスを通して、息子は確実に、経験値を増やす事ができたのです。私も、療育のクラスを通して、同じ境遇のお母さんたちと沢山知り合いました。

 また、そこで働いておられる先生方は、プロ中のプロだと、感じました。少なくとも、幼稚園のカウンセラーさん等とは、申し訳ないですが、レベルが違いました。発達障害児を扱ってきた数が桁外れに多く、経験値に優れているだけでなく、心根に一本芯の通った先生が多い、と思いました。知的にも優秀な方が多くて(というか、優秀な人しかいませんでした)、学歴を聞くと「ええ!」と驚くような方々ばかりでした。そういう先生達が、毎日、飾らないジャージの上下に、髪をひっつめてノーメークで、わけの分からない事を言ったり、何を言ってもぼんやりしていたり、突然泣き出したり、動き回って止まらなかったり、制御の効かない発達障害児達を、根気よく、忍耐強く、しかも的確に、療育してくれるのです。ゲロを吐かれても、おもらしをされても、顔をひっかかれても、ツバを吐かれても、怒らず慌てず淡々と処理し、子供達と向き合ってくれるのです。 

 更に言えば。発達障害児のお母さんは、お母さん自体も発達障害のケがある人が多いように感じます。時間を守れなかったり、一方的に自分の言いたい事だけ言って、相手の話を聞かなかったり、説明しても理解ができない感じだったり、子育てが嫌過ぎて、子育てそのものから逃げる人も多かったです。癖のあるお母さんとも、先生方は、とてもうまく、つきあっておられました。お母さん自体が時間を守らない事、子育てしない事、人の話を聞かない事等についても、普通なら注意を受けるところだと思うのですが、あそこでは、よくある事、という感じで、黙認されていたように思います。先生方の器の大きさというか、達観力に、脱帽するしかなかったです。

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 長くなりますが、ある療育のクラスについて、具体的に一つ書いてみます。

 そのクラスは、3か月に1回でやってくれました。子供達の数は6人。先生は5人。遊んでいる子供達に、大人がほぼマンツーマンでついてくれます。これ以上ない環境です。先生方は、自然に子供達が発語できるように、人間関係を作れるように、子供達どうしが関われるように、働きかけしてくれます。無理強いしても逆効果でしかない発達障害児(しかも重度~中度)に対して、とてもうまく働きかけをしてくれるのです。
 子供達が遊んでいる間、親は別部屋で、親の教室に参加します。ここにもベテランの先生が一人おられ、その日のテーマを話し合ったり、母親からの相談にのってくれます。

 そこに来ていたお母さん達の半数以上がシングルマザーでした。発達障害児を育てるストレスが、離婚原因になったようでした。同時の私には、どうしても理解できなかった事がありました。それは、そういう方々が、なぜ後先考えずに、パッと離婚してしまわれたのか、という事です。というのも、お母さん方の相談内容の中で「生活の為に、仕事をしなくちゃならない。だから、子供をどこかに預けなきゃならない。でも、年度途中では、認可保育園には入れてもらえないから、無認可保育園に入れた。そしたら、ウチの子が手がかかり過ぎる、他の子に乱暴するから危ない、という理由で、辞めさせられた。どうしたらいいか」というものが、ダントツで多かったのです。
 息子は、こだわりに引っかからなければとても穏やかで大人しい子なのですが、発達障害児はいろんなタイプのお子さんがいて、とても活発でいつも動き回り、手当り次第にモノを投げたり、お友達を噛んだり蹴ったりしてしまうお子さんも、少なくないです。発達障害児=多動児、とまでは言えませんが、そういうお子様が多いのは事実です。発達は遅れていて手間がかかるわ、動き回って乱暴だわ、では、ただでさえ手の少ない無認可保育園から、入園を断られるのは、仕方のない事。でも、預ける所がなければ、お母さんは働けず、生活できません。どうしたらいいか、というのが、毎回、勉強会で、質問されている事でした。
 私は、それを聞くたびに、「そういう事は、離婚する前に考えないといけなかったのではないか。せめて、年度内は離婚せず、公立保育所に入所させてから、離婚すべきだったのではないか(公立保育所の場合、障害児には、申請すれば加配と言って、マンツーマンで世話してくれる保育士が別途付けてもらえる)」と思っていました。
 お母さんも気の毒だけれど、障害を持っているのに、自分が悪いわけではないのに、
慣れない集団生活に入れられ、毎日叱られ迷惑がられる子供も、可哀想だ、と私は思っていました。
 そんなある日、そういうお母さんの一人に、その教室で「〇〇ちゃん(息子の名前)は、とても穏やかで、発達障害には見えない。どういう風に育てているのか、教えて欲しい」と、聞かれました。
 私は、「とにかく、息子が毎日、できるだけ沢山、笑っていられるように、と育てている。息子にとっては、普通に生活する時間がすでに、大変で、しんどい事。普通の子供なら、幼稚園や公園で友達と遊んで発散して楽しめるが、コミュニケーションが取れない息子にとって、そういう所は楽しい場所ではない。息子にとって、他者とのコミュニケーションは、勉強であって息抜きではない。それだけで息子の一日が終わってしまっては、息子は息抜きする時間がない。お腹の底から、楽しい、と思える経験ができない。だから私は、息子が本当に好む事を、できるだけ生活に取り入れている。例えば、息子は、人と関わるには苦手だが、動物は大好きだ。広い場所を、自由に歩く事も好きだ。だから、私は、息子を動物園に連れて行っている。息子は心からの笑顔をしている。大人が息抜きを必要としているように、子供も息抜きを必要としている。普通の子の息抜きと、障害児の息抜きは違う。そこを考えて、うまく息抜きさせてあげたらいいかもしれない」そういうような偉そうな事を、その時私は、言いました。
 

それから数日して、私はまた息子を動物園に連れて行きました。電車を2回乗り継いでいくので大変なのですが(以前に書いたように、息子は電車には様々なこだわりがあったので)。

 そしたら、そこで、療育施設のお友達(とお母さん)に、2組みも会ったのです。ビックリしました。一組みは、私に質問してくれた方でした。もう一組は、あまり話したことのない方でした。お互いに申し合わせて一緒に来たのではなく、別々に来られていました。もしかしたら、私がお会いしなかっただけで、他の方も、来られていたかもしれません。
 生活が大変だ、と毎回こぼしているお母さん達。時間が無い、毎日がしんどい、と、やつれた顏をしている彼女達が、せっかくのお休みの日に、わざわざ子供を、動物園に連れて来ていたのです。
 多動もあり乱暴でこだわりの強い子供を、電車に乗せてここまで連れてくるのは、神経と体力を酷使する、本当に大変なことだったと思います。こだわりがあるとはいえ、基本的には大人しい息子を連れてくるのでさえ、私は毎回死ぬほど疲れ切るからです。 
 それも、ただ私が、少し勉強会で話しただけの事を信じて、それが、少しでも、我が子を笑顔にさせる事になるかもしれないと望みをかけて、自分の時間も体力もお金も使って、連れて来ていたのです。
 誰にも、強制されたわけでもないのに。
 私の言葉を聞いて、それを信じて。
 私は、激しく反省しました。私は間違っていました。表面にでてきている事情はどうあれ、我が子を愛さない親なんて、いないんだと思い知りました。私は傲慢でした。我が子の笑顔の為なら、なんでもしてやりたい、みんなそう思っているんですね。そして、ただ、どうやったら、我が子が笑顔になってくれるのか分からず、精一杯の事をやっているのに、子供が思うように育ってくれない、その事に、苦労し悩む。決して、サボっているわけでも、冷たいわけでもない。私が勝手に、そう決め付けていただけなんです。
 自分が、どんなに傲慢で、表面に見えている事だけで、他人を決め付けていたかを、深く反省しました。余裕のあるお母さんばかりではない。一人ひとり事情があって、厳しい状況で、子育てされている。それでもみんな、子供を愛している。一生懸命育てている。それが、どんなに尊い事か。
 私はもう、胸を打たれて、自分の傲慢さが情けなくて、声が出ませんでした。

 療育は、参加して良かったと私は思っています。息子だけでなく、私自身が、沢山の事をそこで学ばせてもらったからです。 

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 とはいえ、療育は簡単に参加できるものではありません。児童相談所や病院の初診を取るのにまず時間がかかる、というのはすでに書きましたが、私の例はまだ良いほうで、場所によっては、初診に2年待ち、という病院もありますし、そこで「療育が必要」と診断されても、また療育教室に入るのに5年待ち、という所もあります。3歳で初診を申し込んだ子が、療育を受ける時には小学校高学年になっているというケースもあります。また、障害が軽いと療育を申し込めない場合もあります。

 発達障害を巡る社会の支援体制は、まだまだ不完全ですが、いつか支援体制が完全になるかどうかも分からないし、仮に将来完全な支援体制がいつか整うと仮定しても、それまで子供達が成長を止めて待っているわけにはいきません。個々人が個々人の責任で、日々対処していくしかない、と思います。これは別に発達障害者だけに限った話ではなく、すべての人に言える事なのだろうと思います。