書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

魂はパーソナル

 ケータイに入っている情報は暗証番号で守っている。そうしないと、誰でも見れてしまうから。私の外見も、誰にでも見れる。頭の中の考えも、声に出して話せば、誰にでも聞ける。私個人のものであると思っているものも、輪郭部分では他人と融け合い共有し合っている。

 でも魂は、誰とも共有できない、私個人の、完全に個人的なものだ。

 魂って有るのか?魂とは何か?という問いに、桜井識子さんはこう答えていた(という記憶がある)。

 「広い海を眺めてふと涙が出る、夕日の赤に染まってふと涙が出る、その涙が魂だ。頭で考えて泣いているわけではない。夕日が赤いから、空が広いから、泣く必要はない。魂が感じて泣いているのだ」

 なるほどな、と思った。

 そして、この「ふと出る涙、である私の魂」を、私は、暗証番号で守りもしていないが、誰にも取られない。

 素肌に強い風が吹き抜けていく、金木犀の側で深く息をする、突き抜けたような青空を見る、メッセージ性のない透明な音楽を聴く、私は目を閉じ、ここに私の魂があることを感じる。私の外見や、私の頭脳とは別に、私の魂は確かに存在している。私だけのとても個人的なものだ。でも、これが何でどういうものか、という事を、私は自分にすら説明できない。

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 魂は「コレ」とハッキリ示せない、とりとめのないものなのだ。だけども多分、これは私の核になっている。