書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

改めて心に決めた事、と、中之島のバラ

 昨日は、お天気が良かったので、毎年恒例、中之島のバラ園に行って来ました。ちょうど見ごろで、とても綺麗でした。気温も調度よく、風も心地よく、空は晴れ渡り、極楽とはこのことか、という感じ。私がバラが好きなのは、バラの咲く時期の気候が好き、というのもあるなあと思います。バラ園には沢山の人が来ていて盛況でした。↓f:id:oinor-i:20180511221211j:plain

優雅な赤↓

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品のある紫↓

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空からの光が透明で見惚れます↓

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不思議の国のアリスで、女王様に赤く塗られてしまう白バラのようです↓

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王道のローズ↓

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爽やかなオレンジのゲート↓

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 バラ園から最寄駅まで歩きました。中之島は歩道沿いが川なので、お散歩も楽しい↓。

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あまり見た事のない鳥がいたり。右のコがこっち向いててかわいい↓f:id:oinor-i:20180512095449j:plain

 心地よい風に吹かれながら、楽しい気分でてくてく歩いていたら、携帯に、姉からの電話が入りました。

 私は普段は外で電話するのが苦手です。相手の声が聞こえずらいので。でも、その時は、姉に急いで聞きたい事があり、メールでは込み入っていたので、先に一度電話を掛けていたのです。ですが姉は出なかったので着信だけ残った形になっていて、姉は、その私の着信記録を見て、折り返し電話してくれたのです。それで、外でしたが、電話に出る事にしました。

 ここから、私の失敗話が始まります。

 これは私の悪い癖のようなもので、過去記事にも書きました。コチラです↓

 

oinor-i.hatenablog.com

  私の悪い癖とは、思いと行動がちぐはぐになってしまう事です。私にとっても、相手にとっても、万事よくなるように動きたい、と思っているのに、何故か、私にとっても相手にとっても都合が悪い方悪い方へ、動いてしまうのです。その癖が出ると、終わってからいつも頭をかきむしりたくなってしまうのです。直そう、止めよう、と毎回思っているのですが、なかなか直りません。

 その悪い癖が、姉との電話でも、また出てしまったのです。

 姉に聞きたかった要件は、すぐに聞けて、その話はすぐに終わったのです。私は歩きながら話していて、もうすぐ駅に着くところだったので、要件が終わってちょうどいいなあと思っていました。戸外で電話していたので、姉の声も聞こえずらく疲れ始めていましたし、私も、車の騒音などにかき消されないように声を張り上げて話していたので、喉が疲れていました。

 なのに。

 何故か。

 まったく分からないのですが、私は、話しを止めず、更に話し続けていたのです。駅を目前にして私はUターンし、今歩いてきた道を、逆にたどり始めました。そして電話で話をし続けました。

 今、あの時の自分に問いたい。何故そんなことをしたのか。

 私と姉は、終わったばかりのGWの話をしました。私は、義母の滞在がしんどかった、という話から、愚痴のような内容の事を姉に言っていました。私が義母の事が苦手なのだ、と言うと、姉は「苦手だと感じる相手の、その苦手な部分というのは、実は自分の中にもあるのだ。自分の中にもそういう部分がある、と認めたら、相手の事も苦手じゃなくなるよ」と言ってきました。

 はいはい、鏡の法則、ですね。自己啓発や心理スピでよく言われるやつですね。

 そういう事もあるのは確かですが、全てが全て、その法則にあてはまるわけではありません。どんな事にも例外はあるものです。でも、がっつり自己啓発や心理スピにはまっている姉は、例外がある、という事を認めません。

 「自分の中には、義母さんの嫌な部分など、無い、と思っているかもしれないけれど、自分が気づいていないだけで、有る、んだってば。有るってちゃんと認めないと、一生義母さんを苦手なままでいなきゃならないよ。そんなの、自分がしんどいだけだよ」と言い募る姉。

 私が義母を苦手な理由は、一部は以前記事にも書きましたが、姉にはあまり説明していませんでした。姉は、義母に会った事がないので義母がどんな人が全く知りません。

 その時、私は姉に、「そうだね」と言えば良かったのです。姉の言う事には納得できなかったわけですが、それでも別にいいじゃないですか。私が「そうだね」と言えば、姉はいい気分になれたし、電話はそこで終れたのです。

 にも関わらず、私は何故か、姉に対して、義母とはどういう人か、という説明を始めていました。私は、義母のこういう部分が苦手であり、その部分は私の中には無いのだ、という事。また、私はいつもいつも義母の事を「苦手だ、苦しい」と考えているのではなく、普段は全く忘れて機嫌よく生活しているのだが、今回はたまたま我が家に滞在した為に、しんどかっただけだ、というような事を。

 話はとても長くなりました。何故ならば、私が「義母のここが苦手で、こういう面は私には無い」と一つ説明すると、姉が「いや、あなただってそういう面はあるんじゃないの?たとえばこういう事ってない?」みたいに、どうしても私の言う事を、そのまま受け取ってくれないからです。一つ残らず、否定されてしまうので、姉に納得してもらおうとすると、いや違う、いやだからこれはこうで、これはこうで、いや違うってば、だからね、、、、と延々説明を続けなくてはならなかった。

 馬鹿ですね。

 最初の最初に、姉の意見に「そうだね」と言っておけば良かったのです。それで話は終わったのに、私は姉の意見を受け取らず、否定して、自分の意見を姉に認めさせようと必死になり、姉は姉で、私の意見を受け取らず、否定して、自分の意見を私に認めさせようと必死になり、、、、

 話は延々終わらなかった。

 私は喉を嗄らして話し続け、腕は携帯を耳に押し付け続けていたので痺れ始め、足は歩き疲れて痛くなりました。そして、話は唐突に終わりました。

 どれでけ説明しても、姉は、「あなたと義母さんは似たモノ同志」という意見を引っ込めてはくれず、私はもう紡ぎだす言葉がなくなったのです。

 ああ、無理だった。

 ああ、無駄だった。

 しかも私は気づいたのですが、義母の説明をしている、と自分では思っていたのですが、実際に私がやっていた事は、義母の悪口を言う事、でした。

 私は、延々、大声で、必死になって、他人の悪口を言い続けていたのです。声を嗄らして、腕を痺れさせて、足を痛ませてまでして。

 他人の悪口を言った後というのは、本当に気分が悪くなるものです。私も、帰りの電車の中で、ものすごく気分が悪くなりました。

 私は、義母は義母、私は私、と距離を置き、淡々と平和に暮らしていられたらそれで満足でした。義母の悪口など、言いたくはなかったし、考えたくもなかったのに。言ってしまった事で、私はとても暗い気持ちになり、気分が悪く落ち込みました。

 姉との電話を、用件だけで済ませてさっさと切っておけば、こんな事にはならなかったのです。何故、電話を切れなかったのか。

 上に載せた過去記事の失敗話も、やはり、電話がらみです。先生からの電話を切れなかった、事から発生した失敗です。

 私は、かかって来た電話を、こちらから切る事が、特別苦手なのかもしれません。相手に悪い、失礼なのではないか、とそう思ってしまうのかもしれません。

 また、普段、あまり人と話さない専業主婦なので、無意識に人と話す機会を引き延ばそうとしているのかもしれません。

 理由はよく分かりません。ですが、私の行動は間違っている(いた)という事だけは、とてもよく分かっています。

 やめなくては。

 改めて、頭で考えた事を、そのまま行動に移す、それを確実に実行する事を決めました。特に、当分の間、電話はすぐに切る事、自分の中でどれだけ抵抗感があろうとも、とにかく一刻も早く切る事を、決めました。

 せっかの美しいバラ、素敵に空、心地良い風、極楽のような世界がそこにあったのに、私は自らあえて不快な世界に入り込んでしまいました。愚かでした。

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 バラは何も話さなくても、とても美しいですね。私もこうありたい。