書くしかできない

過ぎていく日々を書き留めています

私はいい人、にしがみつく危険

 私は、できることならきちんと生きていきたい、と思っているのですが、同時に、「私はいい人」にしがみつくのは危険だ、とも思っています。今日はその事を書きます。

 誰しも、悪意や我欲で行動する事があります。間違った事をした時は、謝るべき人に謝り、適切に反省し、後は二度と繰り返さないと決めよう、私はそう思っています。

 何故なら、「私はいい人」にしがみついていると、とりつくろわずにはいられなくなるからです。悪意や我欲からの行為なのに「いや、あれにはこういう理由があって」と事実の解釈をこねくりまわして自己正当化し、善意からの行為にしてしまわないと、いられなくなるのです(経験談(-_-;))。 

 悪い事をしてしまった時は、謝るべき人に謝り、適切に反省し、何より自分自身が「私は間違った事をしてしまった」という自覚をしっかり持つ事、そこが大事だと思うのです。

 「いい人でいたい」「でも悪い事をしてしまった」この二つは矛盾しています。矛盾はしんどいから、できるだけ悪い事はしないように、自分自身、自然に気を付けるようになります。悪い事をすると自分がしんどいから、自分の為にしないようになります。

 でも「善意の気持ちが根底にはあったのよ」と「実は私はいい人なのよ」と自己正当化してしまうと、結果的に、自分はいい人、という自覚が残り、本来持つべき矛盾の気持ち悪さを持てないのです。そうなると、根っこの所で反省できないので、変われません。

 だから「私はいい人」にしがみつくのは、危険だと思うのです。勿論、わざわざ露悪的になる必要はありませんが。露悪的になる事はむしろ「いい人でいたい」気持ちにしがみついている事と同じかもしれません。 

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