書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

加湿器の憂鬱

 とうとう我慢できず、加湿器を出しました。タンクに水を入れ、スイッチを入れた途端に、しゅわーっと出てくる蒸気の心地よさ。カラカラだった喉が一気にらくになっていきます。

 例年は、暖房を入れると同時に、加湿器も出してきていたのですが、今年はずっと出しませんでした。いえ、出したかったのですが、出せなかった。なぜならば。

 加湿器のタンクの水を入れる作業が、面倒くさ過ぎるから。。。

 なんという低レベルな理由でしょうか。

 言い訳させてください。我が家の加湿器のタンクは、水挿入口が、下についているのです。で、その挿入口、常に水に浸かっている状態なのです。水を補充する為には、まずタンクを持ち上げる必要があるのですが、普通に持ち上げると、挿入口付近からぽたぽたと水が垂れるのです。じゃあ、っていうんで、タンクを上下逆さまにしたらしたで、タンクはドーナツ型になっていて中央が空洞で、その外壁を伝って水が垂れるので、やっぱりぽたぽた水垂れる状態。

 なので、水を補充する際は、大きめのタオルを持ってきて、タオルの上にタンクを置いて運ばねばなりません。で、水をタンクに入れるのですが、なんかこの作業も苦手。水が溜まるのを待つのが苦手。で、また水ポタポタ垂れる状態のタンクを、加湿器まで運び、ポタポタ水が垂れるのを我慢しながらセットするのですが、これがまたセットしずらい。重いタンクを延々ずらしてずらして、やっとこさカチッとはめる事ができる。タオルでそのへんを拭いて、濡れたそのタオルをどうしたら?状態で、あー面倒くさーと毎回なるんです。加湿器まわりが必ず濡れるので、床置きにしており、作業中、いちいち屈まねばならないのも苦痛。重い、屈む、濡れる、時間がかかる、このへんの私の苦手ワードが全て詰まったものが、「加湿器の水補充作業」なのです。

 というわけで、今年は、なかなか加湿器を出す気になれなかったという次第です。

 でも、今朝起きたら、あまりにも部屋が乾燥していて、喉がカサカサになってしまったので、致し方なく出してきました。

 今、部屋は、加湿器の蒸気で心地よく加湿され、喉も気持ちよく、空気が気持ちいいです。でも、結構な頻度(大体二日に一度)でタンクの水を補充せねばならない事を考えると、気持ちが萎えます。

 年々、「重い、屈む、濡れる、時間がかかる」作業の苦手さが増してきている気がします。50歳を過ぎると、一気にお婆さんだなあ。外見は40台とあまり変わらないんだけれど(自己判断なので違うかも)、中身はお婆さんです。そういえば、母や義母が50の頃は、すでに孫がいて、自分の事を「お婆ちゃん」と呼んでいましたっけ。それに不自然さを感じなかった。今、自分がその年齢に来ているという驚き。

 私もお婆ちゃんなのに、孫どころか、子供はまだまだ学生で、現役母で頑張らねばなりません。こういう人生を選んだ自分のせいなので、誰にも文句が言えません。

 あ、勿論、50でも60でも、元気でお若い方もおられます。単に私が老けるのが早くて弱いだけなんです。 なんとか老けるスピードを抑える為に、運動やストレッチや食事や何かに気を付けていますが、、、焼石に水な感じです。こんな事を書くと顰蹙だろうけれど、主婦でさえなければ、家事育児という枷さえなければ、一人暮らしで、寝たい時に寝て起きたい時に起き、食べたい時に食べたいものを食べ、やりたい仕事をやる、という暮らしなら、こんなに老けないんじゃないかと思ったりします。自分を抑え24時間家人に合わせて暮らす、という生活を30年近く続けてきた事で、私の中の若々しさの源が、すっかり錆びついてしまったように思います。それでも、これが私の選んだ人生なので、心を錆びつかせている事にすらプライドを持とうとは思いますが。心の錆と引き換えに、得たものもある、と思いたい。

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加湿器出しただけで、えらい悲観的な思考になってしまいました。家人に救われている事も一杯あるのです。働かなくていいし、子育てというハリも貰えているし。老けるぐらい、どうだっていうのでしょうか、私。